2009年6月30日 (火)

342. よのなか科

民間からの人材が校長となり
ユニークな試み取り入れている
東京都杉並区立和田中学校

先週になりますが
中学3年の「よのなか科」
裁判員制度4回シリーズの第3回
テーマ「安楽死について学ぶ」
に講師として参加させてもらいました

死のことを考えるのに
どうして産科医の先生が?
って声もあったけど

生と死は同じ線上にあって
切り離されないものだってこと

最後には何となくだけど
伝わったかな・・・

当初は、安楽死裁判を想定して
どのような条件であれば
安楽死を認めていいのかを
皆で考えるとのことでしたが

生と死って
とってもプライベートなもので
条件を決めて周りから
認めてもらうもの
ではないんじゃない?
という僕の意見がとりいれられて

「誕生死」
ブラックジャックの「ドクターキリコ」
森鴎外の「高瀬舟
を題材に

2人称(you:親しいあなた)
3人称(she.he:第3者)

生と死をみる
立ち位置をかえてみると

どう感じ方がかわるんだとうって
そんな素直な気持ちを
皆で話し合うことにしました

高瀬舟って短い小説なんだけど
鴎外がこの作品を書くまでのこと
を知ると、深いな~って

難しい内容だったけど
僕も相手が中学生だからって
手加減はせずストレートに
「僕は~思う」って
話してきました

皆も、それぞれ個性的な意見で
自分が中学の時のこと
を思うと多様化してきているというか
どんな意見でも
表現できるような
環境ができているのか
とても関心しました

彼らへの
最後のメッセージは
「そのままでいいんだよ」と
「まとめない」

暑い日の午後の2時間の体育館
皆、よくついてきてくれました

先生方も準備
お疲れ様でした

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2009年6月 5日 (金)

341. そうやってつながってゆくんですね

まりりさんおはようございます

お便りをありがとうございました
お返事おくれてごめんなさい

  私は41歳の2児の母です。
  2月に次女を本格的な陣痛から
  は1時間20分という超安産で出産しました。
  ただ・・・次女は21トリソミー、
  ダウン症をもって産まれてきました。

  教員生活も20年を過ぎ、
  今まで『どんな命も大切。いらない命なんてない。』
  『障害を持っている人もみんな同じ大切な命』と
  生徒たちにも保護者の方々にも
  同僚同士でも言って話してきましたが、
  今回の次女の出産で、
  いかに自分自身が建前だけの人間だったか、
  口先だけの教師だったか、
  この2か月余りで嫌というほど知らされました。
  『命』について語る資格のなかったことを恥じました。

・・・・・

  そこに次女がいるのに、すでに出産しているのに、
  『何で検査をしなかったんだろう』
  『検査して中絶しておけばよかった』
  『なんで病院で検査のこと言ってくれなかったの』
  『妹もこんなに苦しいならもっともっと検査したらって言ってくれたらよかったのに』
  『長女一人でも十分幸せだったのになんで2人目を望んだのだろう』
  『いっそのこと出産時に母子ともに死んでしまったら良かった』
  『私の無知で障がいのある子を産んでしまった』
  『次女のせいで私の夢はみんなみんな壊れてしまった』
  ・・・こんなことばかり考えていたら~私の心が壊れました。
  その先には『次女と一緒に死んでしまいたい』
  『早く楽になりたい』
  『死にたい』・・・

・・・・・

  2か月たった今は、
  少しずつほんとに少しずつ、
  次女のことも受け入れられるようになり
  『障がいがあっても愛情もって育てていこう』
  『4人になった家族を大切にしよう』
  『ちゃんと笑っていられるママになりたい』
  『私は命を生んだのだ。中絶して命を殺さなかった』
  『生まれてきてよかったと次女にも思ってもらえるママになりたい』
  と思えるようになりました。
  次女を愛しいと可愛いと思えるようになりました。

そうでしたか・・・confident

あるがままに
それだけ苦しんだから

そこから
光がさしてきてくれたんでしょうか

すごいね、人間って

  もうすぐ最愛の母の七年忌です。
  母は62歳という若さでこの世を去りました。

  その母がいつも私に言ってくれた
  「あなたを美人に産んではやれなかったけれど
  あなたの『笑顔』は最高って思うよ。
  いつも『笑顔』を忘れない人でいてね。」
  という言葉通り、無くしかけた『笑顔』もきっと取り戻して、
  2児の母として、妻として、
  復職したら先生として、生きていこうと思います。

そうやって
命や魂が
つながってゆくんですね・・・

教えてくれてありがとうございました

竹内正人

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2009年5月29日 (金)

340. しきゅうちゃんストラップの新試作品ができました

これまで何度つくっても
うまくいかなかった
しきゅうちゃんストラップ

やさしく握ってもらいたい・・って
いろいろな素材で試してみましたが

握るとどれも真ん中で
割れてしまったり
ちぎれてしまったり

その度ごとに
悲しい思いをしてきました

今度は、中に空気をいれる
タイプで作ってもらいました
あっ・・・割れないcrying

もう少しやわらかくできれば・・・
と、キリはないのですが

それは次の課題に

それだけしきゅうちゃんに
こだわりをもっているんです

ここまでくるのに約2年
ようやく・・・・

ほっとしています

そのままでねconfident

 Photo_3

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2009年5月26日 (火)

339.追いつめない・・・

23日、韓国の盧泰愚前大統領が
山の崖から飛び降り、自殺されました

前大統領は山へ向かう前、パソコンに
「非常につらかった。多くの人に迷惑をかけた
これも運命だ。悲しまないように・・・」と
遺書を残されたと報じられています。

自殺の背景には
家族が後援者から受け取ったとされる
金銭疑惑の検察当局の厳しい追及がありました

人は追いつめられて
行き手をふさがれてしまった時
死を選ぶことが現実となります

せめて逃げ道だけでも
残しておいてあげられれば・・・

でも逃げ道があったとしても
逃げることのできない人もいる

たしかにそれは運命なのかもしれません

それでももし追いつめられた人と
向き合うことがあったのならば

たとえどんな状況であっても

せめて追いつめられて
閉ざされた気持ちが
少しでもいいから開放できる
そんな時を一緒に過ごしてあげてほしいです

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2009年5月12日 (火)

338. 一夜限りの縁かもしれないのに・・・

あやさん こんにちは

一昨年11月、双子の息子を出産しました。
予定帝王切開を待たずに来た陣痛で緊急の帝王切開となり
一人は無事に産声を上げ
もう一人は天に還っていきました。

産声を上げて、還っていった
そうでしたか・・・

ただ、その時のことを思い返すときに
いつも思い出すのは
休日の深夜に駆け込んだ病院で
当直をされていた、その病院のスタッフではない先生が
息子たちには特別な事情があったのですが
そういう事情を何もご存じない中で
私のことを気遣いながら必死で対応してくださった姿。
麻酔から目覚め「先生にご挨拶をしたい」と言う私に
当直明けで帰ろうとなさっていたにもかかわらず
わざわざ会いに来てくださり、涙ぐんでくださった姿。

もちろん、亡くなった息子のことやお産のときのことは
いつもいつも心にありますし
いろんな思いが沸いてきます。
けれど、結果はともかく
「幸せなお産だったな」と思えるのは
その先生の存在がとても大きいように思っています。

一夜限りの縁かもしれないのに
事情もよくわからないのに

その一夜を必死で
気を遣いながら対応してくれた

それが心に残り
「幸せなお産だった」って
折にふれて思い出してくれる・・・

そうですか・・・

閉塞的な医療、産科、人・社会の営みの
新しい可能性を感じました

そういうことって、大きいよね

教えてくれてありがとうです

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389. ありがとうです

竹内先生こんにちわ。
先生に取り上げて頂いた娘も
この1日から保育園のひまわり組に入園し
元気にすくすく育っています。

ゆいままさんこんにちは
そうですか、ひまわり組に入った!
よかったです
そういえば、僕はたんぽぽ組だったな~

出産してから一年弱になりますが
今でも尚先生から沢山のものを頂いてます。
ありがとうございます。
先生、体お大事にしてくださいね!

本当ですかcoldsweats01
嬉しいです
ありがと

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2009年4月27日 (月)

337. 大丈夫だ~?

月曜と木曜は当直の日です
今日は、外来からずっと
見させてもらっていた方が
陣痛で入院しています

お産は朝方かな・・・
ゆっくりおつき合いするからね

さて、さきほど、久しぶりに、
病棟にファイルしてある
お母さんたちの
ふりかえりを読ませてもらいました

私のことを
書いてくれている方もちらほら

そうか、そうか・・・って
私もその時をふりかえりながら
とってもあったかな気持ちに
させてもらっていた時に

事件はおこりました
じゃなくって
今日一の感想に出会いました

  逆子がなおらなくて  
  不安でいっぱいだったころ
  健診にいくと竹内先生が
  いつも、ゆる~く、明るく
  「なんとか成るよ~」
  「大丈夫だ~」って

それは、それは・・・
いいね~!

と、思ったら
その次の行に

  志村けん張りの口調と表情で
  言ってくれました

と書かれていたので
ガクッときて
オオウケしてしまいました happy01

えっ、もしもし
志村けんですか?

確かに、志村は、大丈夫を使うからな・・・

でも、僕の「大丈~夫!」と
志村のあの「大丈夫だ~」は
ちょっと違うような気がするんだけどな・・・

  おかけ様で
  なんとか成るって思えてきて
 

  本当に救われました
  先生ありがとうございます

まあ、お役にたてたんだったら
どっちでもいいですね coldsweats01

よかった ○

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2009年4月16日 (木)

336. 私のもつ思いを伝えてゆくこと

すずきのひげさん 
こんにちは おひさしぶりです

ただ、ただね、
心に向いた関わりは、
患者側にも、医療者側にも必要で、
どんな治療よりも力を発揮することがあると、
私は確信しています。

そうですよね

とくにすずきのひげさんだから
そう感じられる・・こともあるでしょう

私は患者としてその想いを
医療者に伝えていただろうか?

私は医療者としてその思いを
患者に伝えようと関わっていただろうか?

一人一人が考えなければならないことだと思います。

大切なことですよね・・・

これまで育っていた時間
生きてきた時間
通ってきた道が違うんだから

それぞれの思いや
考え方は違っていていいし
自分と同じように思ってくれなくても
一向にかまわないんだけど

私は、こう思うんだってことを
私の 私なりの言葉や 非言語でも

そっとでもいいから
伝えてゆくことって

周りの人たちや、社会や
これからの世代にとってだけでなく

自分にとって
自分がかかえている
それぞれがもつ“何か”にとっても

すごく大切なことって
私も、思います

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2009年3月30日 (月)

335. その後に関われるのは医師にとっても嬉しいこと

りんこさんこんにちは

妹が1人目を妊娠したときの事ですが、
たまたま都内の病院に検診に行ったんです。
近くの病院の方がいいだろうと紹介状を書いてもらい
そのまま入院となりましたが、
循環器の担当医は何か冷たくて
何しろ母体優先だといい
産婦人科のドクターとで話し合ったようですが、
結果としては中絶をしました。

そうでしたか・・・

都内の通っていた病院の循環器の担当医は
申し訳ないと言ってしばらく経緯を聞いてくれたそうです。

2人目の妊娠がわかった時~

陣痛が来て、家が遠いから
このまま出産しましょうという事になり、
循環器の担当医は出産の時にも
様子見に来てくれたそうです。
2人目の時も病室に来てくれたそうです。

一人目のことがあり
循環器の担当医も
申し訳ない気持ちがあったんでしょうね・・・

それでもまた自分のところへ来てくれて
その後に関わることができたこと
こうしてつながってこれたこと

妹さん・りんこさんを含めたご家族だけでなく、
医師にとってもすごく嬉しいことなんです

教えてくれてありがとうです
YOUの連載も
もうしばらくお付き合いください

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2009年3月27日 (金)

334. 一緒に生まれてきてくれたことでしょう

こーいさんこんにちは

今3・4人目の娘を妊娠しています。(29週)
3人目の妊娠でさえ、驚きを隠せない気持ちだったのに
その後に双子(MD双胎)だと言う事が判り、
様々なリスクを頭に入りきらないくらい言われて
不安でいっぱいになりました。
本当なら、喜ぶべき妊娠なのに。

そんな親の心を慮ってか…
何のトラブルもなく育ってくれていた姉妹の1人が、
18週目でお空へ帰ってしまいました

そうでしたか・・・
コメントをいただき10週
もうお産されたのでしょうか・・

もしお産されたのだとすれば
お空に帰っていかれた娘さんは
18週ですから、形としては
見えなくなっていたでしょうが
きっと一緒に生まれてきてくれたことでしょう

子宮の中で、自分と同じ遺伝子をもつ赤ちゃんと、
こーいさんのことを
ずっと守ってくれていたでしょうから・・・

私の主治医は、双胎一児死亡がわかった時には、
医者らしからぬ(と言ったら失礼ですが)
動揺した様子を見せてくれた人間味のある方なので、
それで、先日思い切ってずっと
不安に思っていた分娩のことについて
「先生にお願いしたいんです」と言ったところ
(竹内先生が指名して嫌な気がする人はいないって
ブログに書いておられたので)
即答で、「じゃ、callしてもらうようにしますから!
進むのが早いって言ってたけど、
間に合わなくても来るから!!」
と言ってくださってとても嬉しかったし、
不安も拭いさることができました。

思い切って頼めてよかったです
先生も救われたんじゃないかな・・・

私がこの先生だったら、
きっとウルウルきちゃったことでしょうweep

そのままでね

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2009年3月25日 (水)

333. 都立墨東病院の妊婦死亡事件について改めて思うこと

今回、墨東病院産科の協力医になったことを機に
改めて妊婦死亡事件について思うことをまとめてみました

ちょっと長いのでpdfファイルにしました
是非、ダウンロードしていただき
読んでいただければ嬉しいです
(転載可です)

「bokutoujiken.pdf」をダウンロード

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2009年3月24日 (火)

332. 都立墨東病院の協力医に登録しました

もう、3月も終わり、そろそろまた桜かな・・

本日、産科医が不足している都立墨東病院で
地域の医師6名が当直に参加協力するという報道がありました(下記)

実は私も登録しています。この6名のうちの1人なんです。
週末の土曜日28日が、最初の当直です。

ただ、ここに書いてあるように、話しは簡単ではありません

自分の病院を守るので手いっぱいで、ほとんどの医師が
物理的にも精神的にも、他の病院で当直をすることは
難しいということもあるけれど

専門化している今の医療現場
患者さんの要求の高いなかで

3次施設(周産期センター)や
2次施設(総合病院)の医師が
1次施設(診療所、クリニック)にきて
当直や外来をすることは普通にあっても

その逆の
1次施設の診療所で働いてきた医師が
いくら同じお産を扱っているからといって
救急を扱っている3次施設に
ちょっと当直にというのは
その気持があったとしても
なかなか難しいんです

不妊症や、癌が専門だったりする医師
にとってもそれは同じで、
産婦人科医だから
いいというわけにはいきません

ただ、中には私のように
長年、周産期センターで勤務していて
今は、地域の診療所で働きながら
いろいろなことをしている医師もいる
(あんまりいないか・・・・?)

私の場合、墨東病院の医師
特に産科部長とは
出身大学も、医局も同じで
彼は一緒に働いてきた一年後輩

この話しが出たとき
これは自分のためにできた制度としか思えず
月に1~2日しか当直はできないけど
即座に登録をしましたpaper
(1番だったみたいscissors

今でも、お産が月に50~60ほどある
江東区の東峯婦人クリニックで週2回
北海道のエナレディースクリニックには月1で2日
合わせて月に10日くらい当直していて
その他、全国各地に伺っているので
そこに当直が1~2日増えるのは
どうかなと思うところもありますが
まあ、なんとかなるでしょう

【内科や外科に進んだ同級生には「え~そんなに!」と
驚かれるけど、行動派産科医ですから confident

こんな風に書くと、生活が荒れてるみたいで
「大変ですね~!」と、いつも聞かれますが
皆さんが想像するほどすさんでいるわけではなく
結構、ゆるく、楽しくやっています

不安がないといえばウソになるけど

周産期センターにまた少しでも関われる喜びと
新たなものが生まれてくるといいなという期待
そして、ちょっとだけですが
自分の役割も感じちゃったりなんかして

正直、少しワクワク
でも家族にはまた少しゴメンナサイ

ボチボチやっていくことにします

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆
開業医が当直に参加、都立墨東病院 妊婦受け入れ あすから新体制

2009年3月24日 東京新聞朝刊

 東京都内の妊婦が昨年十月、都立墨東病院など八つの医療機関に受け入れを断られて死亡した問題を受け、東京都医師会(鈴木聰男会長)は二十三日、同病院の夜間・休日の当直に、地元の産科開業医らが参加することを明らかにした。
当面、墨田、江東、江戸川区の六人が協力、二十五日から始める。

 都は、産科医不足を補うため今後、他の都立病院などでも同様の協力体制づくりを目指す。

 鈴木会長は「産科かかりつけ医と病院がいい形で連携できれば、全国初の事例になる」
と意義を話した。

 墨東病院は救急搬送に対応する「総合周産期母子医療センター」だが、産科医不足で休日などは当直医が一人だった。現在は二人体制だが、医師の負担が増加。同医師会は、都の協力依頼を受け、昨年十一月から検討を進めていた。

 開業医らは、都の臨時職員として、当面は主に三人目の補助的な当直医として参加。同病院の診療の流れを把握した上で、二人体制の一翼を担う。

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2009年2月24日 (火)

331. ちいさなお星さまの会(盛岡)

岩手県にちいさなお星さまの会という
2004年に発足した、妊娠・出産でつらい思いを
された方々をささえている会があります。

2月22日、この会が医療者向け研究会 
「チームで取り組む周産期の喪失ケア」を盛岡市で開催
(岩手)県内外の医師、助産師、看護師、学生、体験者
約80人が参加しました

私も4年ぶりに伺わせていただき
「赤ちゃんの死を前にして2009」のタイトルで
マニュアル対応ではなく、かかわる私たち医療者も
そのままの気持ちでいれること
の大切さなどについて
お話しをさせてもらいました

Photo_2
 (お子様をなくされたスタッフの手作りポスター!)

スタッフのきめ細やかな準備と運営、そして配慮があって
悲しいテーマで、会場は涙があふれていましたが
とてもあたたかな会となりました

発足4年、スタッフからこの間の現場の変化と
県内3施設の現在の取り組みを聞かせてもらいました

岩手のグリーフケアはこの会とともに歩み
確実に深まってきているなと感じました

参加者、スタッフとの触れ合いもあり
私も心地のよい時間を過ごすことができました
皆様のおもてなしに感謝です

23日の岩手日報(朝刊)で、会の模様が紹介されました
---------------------------------------------------
死産の悲しみ緩和へ

盛岡でちいさなお星さまの会(滝沢)
助産師ら具体例学ぶ

「つらさ、母親に伝えて」 

 死産を経験した母親らを支える「チームで取り組む
周産期の喪失ケア」は22日、盛岡市盛岡駅前西通
1丁目のマリオスで開かれ、助産師や看護師らが死産
や流産した母親の立場に立ち、心のケアを尽くす大切
さを学んだ。

 滝沢村の県立大看護学部に事務局を置く「ちいさな
お星さまの会」の主催。周産期喪失ケアの第一人者で
ある東峯婦人クリニック(東京都)の竹内正人医師が
講演し、県内外の医師、助産師や看護師ら約80人が
熱心に耳を傾けた。

 かつて医療現場は「死産した子どもは忘れる」ことを
母親に勧めていた。近年、多くの母親が亡くした悩みを
抱え続けることが分かり、医療現場で面会する機会を
設け、母親が胎内で赤ちゃんがしっかり生きていたと
認識させることの大切さが浸透してきたという。

 竹内医師は、子宮内で胎児が亡くなっていることを
発見した際も、即座に伝えず「間』を持つことがとても
大切
」と強調。亡くなった赤ちゃんを温かいタオルでふき
「かわいい赤ちゃんです」と声をかけて、母親らに面会
の機会を設けることや「医師や助産師もとてもつらい」
と率直に伝える大切さを強調した。

 北上済生会病院の高橋久美子助産師、黒川産婦人科
医院(盛岡市)の久道陽子助産師、岩手医大の工藤尚子
看護師は、医療現場の取り組みを紹介。▽健康で生まれ
る赤ちゃんの泣き声が聞こえない病室の確保▽スタッフ
の情報共有▽へその緒や手形、足形を渡す-などの実
践例を示した。

 ちいさなお星さまの会は2004年11月に、県内の助産
師らが設立した。コーディネーターを務めた県立中央病院
の三浦史晴医師は「死産の医療現場に直面したスタッフも
心に重荷を抱えるケースがあり、ケアする体制が必要
」と
話していた。      
                 (岩手日報 2009/02/23 朝刊)

「iwatenippou.pdf」をダウンロード

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2009年2月19日 (木)

330. お返事 2 - あけましておめでとうございます

もう2月も半ばになり
返信おそくなってごめんなさいです

☆ピンク☆さん

 去年に引き続き今年も竹内先生がいらっしゃって
 いるときにお産の介助をしてまるで運命?

昨年も、今年も、ピンクさんの時にお産がありましたね
何かあるのかも・・・

先日は、フェリー乗船中の妊婦さんが三陸沖で陣発して
急きょ釜石病院に搬送され無事にお産されたというニュースを聞き

皆さんのこと思い出していました

 色々なお話が聞けてとってもうれしかったし、勉強になりました

こちらこそ楽しかったです。まあ、ボチボチやっていきましょう
お元気で

ミッドワイフM さん

こんにちは

 院内助産や助産師の活用が至るところで囁かれてはいる
 ようですが先生のおっしゃるように私たちが受けてきた教育
 や臨床実習の世界ではとても考えられないのが現実です。
 その反面今立ち上がらねばならないんだとも思います!

いままでの延長でできることではないと思いますが
周囲との垣根を低くして、覚悟をきめていけば
きっと開けてゆくと思うし、そこから私たちが得られることも多いはず

そうはいっても、ゆるくいけるといいな~

amiさん

 岩手県二戸市は父方の実家が、久慈市はお隣の奥さま
 の実家があり、「岩手」と聞くと  かなり親しみを感じております。

amiさんこんにちは、そうでしたか
私も、義父の里が釜石という地縁もあるのですが
何かいろいろなつながりが生まれてきて
親しみが増している地域です

今週末も、お話しをさせてもらいに盛岡に行ってきます

 自分への信頼、他者への信頼、依存、
 私が考え、できることは微々たるものですが、
 続いて生まれてくる愛おしい赤ちゃん達、
 今をつないでいる子供達のためにも、
 動かなければと思っている信念(新年(^-^;)です。

amiさんの地域での役割、きっと大きいはず
今年もそのままでね
またいろいろ教えてください

セキガワさん

こんにちは

 私もことしは、いま自分が与えられている仕事だけではなく、
 新たにできることを模索していく年にしたいと思っています。

いつもセキガワさんだから・・という仕事をされいますもんね
今年は、たしかに、模索してゆく年になりそうですね

協力できそうなことあれば、ご相談ください
今年もよろしくです

すぅママ さん

 私は昨年11月に死産しました。18トリソミーでした。

そうでしたか・・・

 今回の妊娠で2ヶ月入院していたのですが、
 沢山の産科医の先生方にお世話になりました。
 どの先生も忙しそうに勤務されており、
 産科医不足の実態を目の当たりにしました。

 東京にいても分娩施設が減ってきて大変だと感じていましたが、
 地方の深刻さは計り知れないですね。

ご自分のことも大変なはずなのに
気配りをいただいて・・・

 竹内先生、ぜひ『そのままで』でいてください。

ありがとうございます

今、おこってきている問題は、
医療と行政だけではまわってゆかないこと
医療の言葉では解決しないことでしょう
私も一医師という立場ではありますが
ぶれずに、そのままの、竹内正人でいれればと思います

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2009年2月 2日 (月)

329. がんばれシクラメン! あたたかいお産が世界をかえてゆく!

もう去年の10月のこと?
一番上の中学生の息子とサイクリングで
葛飾の水元公園に行った時

ちょっとさえない
大丈夫かなこいつら?みたいな
ラップを歌う3人組「シクラメン」

たまたま公園ライブをやっていて
通りがかりにちょっとのぞいてみたら
す~っと彼らの世界に引き込まれ
手作りCDを息子に買いに走らせたhappy01

最後の曲が “MUSIC” 
リズムも言葉も
ライブパフォーマンスも
どれもとっても響いてくる
ヒトは見かけじゃないんだなcoldsweats01

http://jp.youtube.com/user/surumesound 
YouYubeで是非!
(シクラメンの3人も出演してます)

後日、彼らのブログを見つけ

 ”MUSIC”のところを”(あたたかい)お産”にかえて
 ♪(あたたかい)お産が世界のずべてをかえてゆく~
 世界中のみんなが笑いだす~


 と歌いたい、歌わせてもらいたい・・・

と書きこんだ

タイトルは“BIRTH”
ここはこんな言葉がいいな・・・
イメージがどんどんふくらんでいったけど

残念ながら連絡なく
ラップ歌手デビューの夢は
そのまま断ち切れにweep

で、忘れかけていたら
先日、テレビからMUSIC”が♪

がんばれ シクラメン!
こちらもお産の力を伝えてゆくよwink 

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2009年2月 1日 (日)

328. 産科医・・こんなに可能性のある仕事は少ないと思う

ウオッカさん
はじめまして

 初めまして。僕は産婦人科医を志している学生です。
 先生のブログや著した本を手に取って拝見しましたが、
 先生の言葉一つ一つに非常に感銘を受け、
 僕はまだまだ未熟ながらも「産む」ということの神々しさを痛感し、
 志す道が更に明確になった気がします。

自分が産婦人科医になったとき(昭和62年)
これからますます少子化が進み
仕事がなくなるんじゃないかっていう理由で
産婦人科は斜陽と言われ
やっぱり閑古鳥がないていました

大学ではバレー部だったのですが
産婦人科医になったクラブの先輩からは
「産婦人科はこない方がいいぞ」
といつも聞かされていました

病院実習の時
自分は産婦人科医になることはないだろうから
これで最後の機会と、他の科に比べると
かなり一生懸命やったのかな

で、不思議なことに
何となく自分に向いていそうと
感じている自分がいました

科を決める段になり
当初、外科か整形にしようと思ったのですが
両科とも当時は大人気で、
そんな大人数のところに行ってもな・・・
と迷いました

じゃあどうしようと
すべての科について考えてみたけど
やっぱり迷うばかり??
どの科もぴ~んときませんでした
半ば消去法
すごく「勇気」はいったけど
最後は「エイッ!」っていう感じで
産婦人科医になってしまいました

特に高尚な理由も、
ウオッカさんのような思いもなく
直感で決めた感じです

最初の1年はいろいろあって
選択を間違ったかな・・・・
と後悔もしましたが
それから20年、行きつ戻りつ
回り道も、寄り道もたくさんして
理不尽や矛盾も感じながら
それでも、少しずつでも自分の思うところへ
進んでゆけている

そんな意味もふくめて
この仕事に巡り合えて
本当によかったし
出会えたことに感謝しています

産科崩壊と言われ
様々な対策が考えられているけれで
仕事が楽になり、待遇がよくなっても
訴訟をされることがなくなったとしても
それだけでは、この仕事を続けてゆく
気持ち・モチベーションをつないでゆくこと
それだけでは、この仕事の深さ、重さ、
大切さ、楽しさ、といった本質に
近づくことは難しいでしょう

医師であるからには
知識を貯え、技術も磨いてゆかなくてはなりません

でも、それだけでは立ち行かないということを
今の産科、日本の状況が教えてくれています

そこからどうすれば
もう1歩ゆけるのか

自分を掘り進めていきながら
自分の軸をつくってゆくこと

そのプロセスを歩んでゆけると
なぜか自分もすごく楽になってゆける
それが大きな醍醐味だと思います

こうすればうまくいくっていう方程式のない
産科でのキーワードは
やっぱり“関係性”かな

そんな視点をもつことができれば
この混沌とした時代に
これほど可能性をもった幅広い仕事
これほどやりがいのある仕事は
少ないと私は思います

これからかな・・・

 率直に言わせて頂くと、先生の考え方がとても好きです。

ありがとう
すごく嬉しかったです

誰にでも薦められる仕事ではないけれど
もう一度やり直せるとしても
なれるのであれば
私はまた産科医になりたい

それほどいい仕事だと
楽しくてやりがいのある仕事だと
自負しています

ウオッカさんには(も)
産科医になってほしいな

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327. お返事 1

コメントをいただきながら
返信ができずごめんなさいです
いつも励みにさせていただいています

理恵さん

  8年目の助産師として、これからどのような道に進むか
  今、考えています。

 1月から手術室勤務ですね
 外に出ることでまた違った気づきが生まれてくるかも

ゆうきママさん

  陣痛は痛くて痛くて、途中で「もうイヤだ」って思ってしまい
  そうでしたが、お空の息子たちのことを思ったら、またやる
  気が出て、最後まで前向きな気持ちで、頑張れました!
  二人が守ってくれてるんだと感じることができて、
  また主人も長女も立ち会うことができて、いいお産になりました。

 よかったです
 おめでとうございます(*^-^)

HhH さん

  26週ではじめての娘を臍の緒が足に2重に巻きつき
  死産し4か月が経ちます。

  後期の死産は繰り返さない確率が高いけど、
  中期となると話は違うと話していました。

 そうでしたか・・・
 HnHさんのケースでは、繰り返す可能性はとっても低いはずです
 それでも、不安がなくなることはないでしょう
 それが自然なことだと思います
 そういう不安と何とかつきあっていきながら
 ゆうきママさんのように
 見守ってもらえるって感じることができれば・・・
 と思います

雪椿さん

  育てる人の手がたくさんあったからどんどん産めたのかなと思います。

 3人のお子さんがいらしてそう思えるって・・・

 日々、お疲れ様です

こなつさん

 しんどかったですね・・・
 せめて、そんな先生に出会えてよかったです

  私の赤ちゃんもきっとそうだったんだろうと少し安心はしました。
  けれども赤ちゃんが来てくれた意味は私には見つけられません。
  ひとつのいのちを無駄にした、という罪悪感だけしかありません。
  赤ちゃんのことを、ただの悲しい出来事の一つではなく
  何かの自分の糧にしたいと思ってはいるのですが
  どうすればいいのでしょうか?

 そのままのこなつさんでいいと思います
 今はいかがですか?

 そのままでいれば
 いつか、これかなって、気づく日が来ると思います
 お大事に

まおさん

  ソレイユさんと全く同じ経緯で赤ちゃんを亡くしたのですが、
  私も医師に対する疑問と不信感でいっぱいでした。

 そうでしたか・・・

  いくら新生児科の先生達ががんばってくれても、
  その前に産婦人科でできる限りの対処をしてくれないと
  私の赤ちゃんの死亡率は減らないだろうと思いました。
  今でも後悔と苦しみで一杯です。

 そうですか・・・ (*_ _)

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2009年1月30日 (金)

325. 産科医療補償制度 1 一体誰が幸せになるの?

1月1日から産科医療補償制度が始まりました
だけどやっぱりこれおかしいな・・・

9月11日の私のブログ
308. 「(産科医療)無過失補償制度」って知っていますか?
で、この制度への思いや考え方について書きましたが、
振り返ってみると、この時には、今回実際に施行された制度
についてきちんと認識できていませんでした

まず、その時とは名前が違いますよね
いつのまにか無過失の名前がとれてしまいました
これって産科医を救うための制度ではなかったの?
(以下、上記ブログ308より)

脳性まひは、その多くが妊娠中のエピソードが原因で、
分娩時の出来事や事故で脳性まひになることは少ないんです
医療側(者)には責任はないんですよというのが
「無過失」がついている理由です。

家族とともに、ある意味医療者も、被害者なんだから、
あんまり医療者を責めたりしないように!
そんなことをすると、ますます、
産科医のなり手もなくなってしまうんだから・・・
そのかわりに補償金をお支払いしますからね
ただ、「無過失」補償ですから、
お金をもらったら、訴訟なんかをおこしたらだめですよ。
お願いしますね ┐(´-`)┌ 

無過失であれば善悪は別としてわかりやすかったんだけど
産科医療補償制度だなんて一見やさしそうだけど、
実はより曖昧で、焦点のぼけた、
産科医を守るのか、母と子のためなのかがわからない
玉虫色で、どっちつかずの
ややこしくて、現場には負担ばかりかける、
骨抜き制度になってしまいました

産科医不足をうまく利用されてしまったなという感じです

これって、誰のための制度なの?
国というか官僚のためだよねこれって

産科対策やりましたよっていう政治的パフォーマンス?
たんまりの余剰金はどこへ行っちゃうの?
裏金貯蓄システム?
天下り先確保の温床?

で、毎年300億をこえる財源はどこから?
担当する民間保険会社が潰れたら?

過失があってもなくても
お金が払われるようだけど
真相がわかるようになるの?
それで訴訟は減るの?
補償対象の認定基準があいまいなので
それを決定する小児神経内科の先生たちだって困ると思うけど?
先天的な疾患があって脳性マヒの子は対象外ってことは救済ではないよね?
先天的ってわかってしまえば補償の対象外になるのだとすれば
親だって、原因究明のための詳しい検査なんて受けたくないだろうし
受ける承諾なんかしないと思うけど?
だって、ひっかかったら3000万もらえなくなるし・・・

それでは信頼できる学術的データが構築されるとは思えないけど
どうなんだろう?
本当に再発防止になるのかな?

現場の医療者と、女性、家族の関係性はこの制度でよくなるの?
女性は安心して産めるようになるの?
本当に母と子のためになるのかな?
産科医が楽になるの?

その他・・・・・・・
知れば知るほど疑問がでてきて
やっぱりというか益々、
腑に落ちなくなってしまいました

わたしたちの子孫のつけで
こんな制度にしてしまってよかったの?

一体、この制度で誰が幸せになるの?

最終的には、全国で99.8%の施設が参加したとのこと
入っていない施設は、分娩数の少ないところばかりで
分娩数が年間500をこえるところで
加入していないのは当院だけだとか?

「入っていないのはお宅だけですよ」
「入らないと・・・・の制度が利用できませんよ」

といった勧誘?もあったけど
これって任意加入じゃなかったの?

私の勤務する東峯婦人クリニックでは
よくよく考えましたが、やっぱり
参加を見送ることにしました

いろいろな締め付けや
「加入していない産院は悪徳産婦人科?」なんて
周囲からの目やレッテル貼り?が
気にならないかといえばウソになるけれど

納得もできないのに
本当にいいものなのかもわからないのに
皆が入っているからというだけで入ってしまうなんて・・・
先行きの見えない時代、それってどうなんだろう・・・

皆で破滅の道に向かっていってるのかもしれない・・・

次の世代に無責任すぎない?

ちょっとつっぱっているところもあるけれど

願わくは、皆さんに、もっと本当のことを知ってもらって
限られた貴重な財源のなかで実施してゆくのに
本当にこれがふさわしいしくみなのかを
話し合ってゆく機会が各地、各所で生まれてゆくこと

この混迷の時代に生まれる、生きる
生き抜いてゆくこと
障害を持って生きてゆくことって・・・

そんな根っこのところを
医療や国まかせにするのではなく
もっと、自分たちのこととして
考えてもらえれば・・・

というわけで
排除される少数派にはならないで
もう少しだけつっぱってゆこうかなと思っています

まあ、そんな産科医もいていいよね

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326. 産科医療補償制度 2 東京新聞・中日新聞にコメントが

本日の中日新聞(東京新聞)朝刊の産科医療補償制度に関する記事に
少しだけコメントがでました
以下は掲載部分の抜粋です
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民間保険活用にも疑問の声がある。
徴収した掛け金が余ることも予想されるが
「収支について透明性がなく、納得しきれない」と、
加入していない東峯婦人クリニック(江東区)の
竹内正人医師は言う。
産科訴訟について「肝心なのは、
医師と妊婦が心を通わせる関係性をつくること。
制度ができたことで、それが見えにくくなるのでは困る」
と危ぶむ。
------------------------------------------------------

取材記者さんも、最初は、どうして制度に入らないのかと疑問に
思っていたようでしたが、話をしてゆくうちに
「そうでしたか、おもしろいです・・」とわかってくれたようでした。

本当は1時間くらい話したんだけど、そのうちのほんわずかでしたが
比較的いいところを切り取ってれたかな。

今度は、もう少し大きな特集くんでね

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産科医療補償制度スタート    
               中日新聞・東京新聞 2009年1月30日

 出産時の医療事故により重度の脳性まひになった子どもに補償金を支払う「産科医療補償制度」が今月から始まった。どんな場合に救済されるのか、仕組みを整理した。 (鈴木久美子)

 杉山産婦人科医院(東京都世田谷区)では、来院する妊婦にパンフレットを渡して、この制度と、妊婦の一時的な費用負担を説明している。妊婦には、分娩(ぶんべん)費に加えて掛け金分三万円を窓口で払ってもらう。制度開始に合わせて、健康保険組合から分娩した母親に支払われる出産育児一時金も三万円増額されたので、出産後に負担は解消される。

 「『ほとんどの医療機関が加入している国民的制度』と説明すると、納得してもらえる」
と杉山力一院長は話す。

 仕組みはこうだ。制度に加入する医療機関は、分娩一回あたり三万円の掛け金を、同制度を運営する厚生労働省の外郭団体「日本医療機能評価機構」を通じて民間の保険会社に支払う。重い脳性まひの子どもが生まれた場合、生後六カ月以降に家族が小児科医の診断書などをそろえて分娩した医療機関に申請する。

 同機構が設置する専門家による「審査委員会」が補償基準に合致すると認定すれば、医療機関の過失の有無にかかわらず子どもに一時金六百万円と、介護費用を毎年百二十万円ずつ二十年間、計三千万円が支払われる。専門家による「原因分析委員会」が事例を検証し、子どもや家族、医療機関に結果を伝える。

 対象は、妊娠三十三週以降に二〇〇〇グラム以上で生まれた子どもで、年間五百-八百人が見込まれる。染色体異常など先天的な理由があったり出生後に感染症にかかるなどした場合は除く。未熟児も脳性まひになるリスクが高いとされ対象外だが、妊娠二十八週以降の出生は個別審査される場合もある。生後六カ月未満で死亡した場合も対象外だ。

 既に分娩を扱う医療機関の九割以上が加入した。「家族の経済的負担を減らし、事故原因の分析を行い、再発防止につなげ、紛争を防止するのが目的だ」。同機構の後信(うしろしん)技監は説明する。

 課題はある。「救済というならば、先天性や中軽度も含めすべての脳性まひを対象にするべきだ」と市民団体「陣痛促進剤による被害を考える会」の出元明美代表が指摘するように、補償対象の拡充が求められている。

 訴訟を減らすという目的についても「補償を受けても訴訟を起こすことはできる」と出元さんは言う。「真に再発防止になるよう原因分析委員会が徹底的な検証をしなければ、納得できずに次の段階(訴訟)に進む家族は出てくる」と同委員会の働きに注目する。

 さらに民間保険活用にも疑問の声がある。徴収した掛け金が余ることも予想されるが「収支について透明性がなく、納得しきれない」と、加入していない東峯婦人クリニック(江東区)の竹内正人医師は言う。産科訴訟について「肝心なのは、医師と妊婦が心を通わせる関係性をつくること。制度ができたことで、それが見えにくくなるのでは困る」と危ぶむ

 「制度は遅くとも五年後に見直す。さまざまな批判にさらされ、議論が必要だ」と後技監は話す。

Photo_2

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2009年1月 8日 (木)

324. 伝えてくれてありがとうです

saosaoさんはじめまして
お返事おくれてごめんなさい
いただいたコメントはすぐに読ませていただいているけど
もう2か月ですもんね

私は、2005年1月に40週5日で男の子を子宮内胎児死亡、
2006年1月に30週4日で女の子を子宮内胎児死亡で死産し、
今年4月に元気な男の子を出産しました。

そうでしたか・・・
よかった

妊娠期間の後半は管理入院をして過ごしましたが、
そのとき私は先生が監修なさった「妊娠と出産の本」を持って行きました。

私が、竹内正人先生を知った、初めての本です。

管理入院中は毎日何人もの先生が訪れてくれるのですが、
この本がベッドテーブルにあると、何人もの先生に、
竹内先生のこと、この本についてのことでワイワイとお話をしていました。

それは、それは・・・ 
何を話してくれていたんでしょう (^-^;

時々、イライラしたり、きゅうーーーっと
言いようのない気持ちになることもありますが、
今日、サイトの「子宮的に生きよう」を読んで、
柔らかに受け入れられるママ、
日溜まりみたいにあったかいママになれるようになりたいなって思いました。

嬉しいな・・・

直接ではないけれど今までにたくさん先生に救って頂いたという人間が
私を含めたくさんいるということをお伝えしたくてコメントさせていただきました。

なんか元気がでてきます
こうして伝えてくれてありがとうです

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