« 268. 釜石より 3 | トップページ | 270. ちょきちょきしながらの会話が大好きでした »

2008年1月 5日 (土)

269. 思いをつないでゆければ きっと次へとつながってゆく

もうすぐパパさん こんばんは

12月中旬から妻が羊水が漏れ出して入院しました
羊水がとまるまで安静にということだったのですが

今日の診察で羊水が少なくなっていて
お腹の子供の成長が止まってしまっているかもしれない
21週にしては頭部も小さいと言われました
7日には今後どうするか!?
選択をしなくてはならない状況です

そうでしたか・・・

7日には選択をしなければならないというのは
22週を前に、中絶か、継続かを決めなければいけないということですね・・

ここからは医学的な観点からの回答です

破水でも、感染がなければ、まれではありますが、
自然に羊膜が修復することがあり、修復をすると羊水も正常量にもどります

ただ、12月から入院していて、羊水の量が少なくなってきているということは
修復する可能性は少ないということなのでしょうね

羊水が少ない中では赤ちゃんの頭が前後に長くなる傾向があるので、
頭部が小さいというのは、児頭の大きさを評価する児頭大横径が
短く計測されているだけなのかもしれません。
ここで、問題になってくるのは赤ちゃんの肺です

この時期に羊水が少ない場合、赤ちゃんの肺がうまく育ってゆけず
子宮のなかでは胎盤が酸素を運んでくれるので、いいのですが
生まれてくると、呼吸がうまくできなくなるからです

残念ですが、お子さんは子宮の外の世界で生き抜いてゆくことは難しいでしょう

通常、このような流れで選択というと、
暗に今回は諦めましょうということになり、
そのほとんどで形式上の中絶が選択されていると思います

残酷のような感じがしますが、
それが、結果を重視する医学で妊娠、出産を見ていくということなのです
また、それが、医学の限界でもあるのです

やはり今回は諦めなければいけないのかと

言葉に語弊はあるかとは思いますが、
一般の病院で見てゆくのであれば
諦めるのが無難なのでしょう

もし、あなたがたが、継続したいと言った場合
多くの病院では、どのようにフォローしていっていいのかがわからず
正直、困ってしまう

そんな状況のなかで、継続をしていくことはとても苦しいことです

ここからは、医学をこえた観点の話です

決して、諦めなければいけないわけではありません

生き抜いていくのが難しいから
意味のない命であるはずがないからです

先が見えていたとしても
命が全うすること、全うさせることはとても意味のあることだし
その時点では、そんなあり方を受け入れられなくても
プロセスを丁寧に見守っていく中で
何かが違ってくる

だた、そういうケア
すなわち生き抜いていくことが難しい命を
丁寧に見守っていくというあり方は
今の医学の枠をこえています

「医学」を「社会」や「慣習」「常識」などの言葉と
置き換えることもできるでしょう

気持ちに整理をつけようと思ってはいるのですが
しかし簡単にはつけることができません

気持ちの整理なんて簡単につけることはできませんし
整理をつける必要もありません
あなたは あなたのままでいい

大切なお子さんを思っている
今のあなたたなちの気持ちを
これからも、つないでゆけるのであれば
どんな選択をしたとしても
たとえ本意ではない選択をせざるをえなくても
混乱の中、途方もない遠回りや、堂々巡りをしたとしても
いずれ次へとつながってゆく、今の私にはそう思えます

7日まで、あと2日New_11
辛いことでしょうね・・・

私には直接助けてあげることはできませんが
いずれ、ブログのバックナンバーを読んでほしいです

お大事に

|

コメント

Tibiさんこと りんごさん
そして竹内先生
こんにちは。またやってまいりました。(すみません・・・)
りんごさんからは、わざわざ直接メッセージをいただき「Tibiさん=りんごさん」だとお知らせいただきました。ありがとうございます。

>でも、両方経験して思うことは。 
>どっちを選択しても、子を失う悲しみに大差はありません。
>達成感なんて物も、ありません。
>どちらも、正も誤も、善も悪もありません。
>どちらを選択しても、それを受け入れて生き続けるしかないんです。
>そう思ってます。
>うまく言葉に出来ないけれど、おかよさんにはこの想い、分りますよね?

りんごさん・・・
私は“この想い”を「分からない」と申し上げれば失望されるでしょうか?
私は人工死産経験者のためのウエブサイトを運営していて、もう数え切れないくらい何度も何度も無力感に襲われてきました。それは“同じ”人工死産で赤ちゃんを失ったママに対しても、なのです。この“同じ”の中に、どれだけ微妙に“違う”ものがあるのかを思い知らされてきました。
また人工死産か妊娠継続かという点で、子を失う悲しみに大差は無いと「分かっていても」、やはり私は妊娠を継続することを選択された方の悲しみは想像するだけであって実際には「分かっていない」と思っています。分からないからこそ、分かりたいと思うし、敬意を表したいと思っています。
・・・想像だけはできるんです。でも、それは私の経験ではない・・・。それが大前提であることを頭に叩き入れ、そして、全ての赤ちゃんの死を意味があるものだったと思いたい。私達が生きるべくその道標を教えてくれるものだったと思いたい。それならば・・・その死をもって教えてくれようとしているものはなんなのか。それを受け取れないままの私は、いったい何なのかと、時々、そんな無力感に襲われてしまいます。そこに虚無の世界があることだけは避けたいからこそ、私もまた人工死産経験者のためのサイト運営にこだわっているのかもしれません。

竹内先生、日々ご多忙の中、こちらのブログを続けてくださってありがとうございます。(私が申し上げるのもおかしい気がしますが)
りんごさんも仰っていますが、私もまた医療者の言葉を求めているのだと思います。先日、ある産婦人科の教授にお会いしてお話しする機会がございました。その時に仰っていたのですが「医学と医療は違うのだということを、僕は日頃からつくづく痛感しています」という意味合いのものでした。
竹内先生がこちらのブログを続けてくださるのは医学でもあり医療でもあり、そして医者と患者を越えた人対人、コミュニケーションや心の触れ合いを大切にしてくださっているからなんだと思っています。
今日もまた、ありがとうございました。

投稿 おかよ | 2008年3月21日 (金) 14時57分

今日まで何故かこのページにリンクできなかったので
訂正が遅くなってしまいました。

下の書き込みは、「Tibi」と言うハンドルネームになってますが
正しくは「りんご」です(汗) つい、間違って違うHNを
書いてしまいました。。。すみませんでした。

投稿 りんご | 2008年3月21日 (金) 06時53分

竹内先生、おかよさん

お返事、ありがとうございました。
お礼が遅くなってしまって、すみません。

おかよさんには、本当に温かくて大切な言葉をたくさん頂きました。
本当に、心から感謝しています。ありがとうございます。

私の「人口死産」の経験を、ここで書こうか迷ったのですが、
また長くなってしまいそうだし(苦笑)、ボロボロの背景があったりで
これまた書くのに勇気がいるので、途中まで書いたのですが
やっぱり、掲載は控える事にしました。
でも、「私がもっと頑張れば救える命だった」そう自分を責め続けて
いた数年がありました。だから、今回の息子の選択に至ったのだと
思います。

でも、両方経験して思うことは。 
どっちを選択しても、子を失う悲しみに大差はありません。
達成感なんて物も、ありません。
どちらも、正も誤も、善も悪もありません。
どちらを選択しても、それを受け入れて生き続けるしかないんです。
そう思ってます。

うまく言葉に出来ないけれど、おかよさんにはこの想い、分りますよね?


それと、竹内先生・・・。ただでさえお忙しい竹内先生なのに、
私の投稿で、ズッシリと負担をかけてしまったのではないかと、
心を痛めております。
もし、少しでも先生の負担になってしまっていたなら、本当に、ごめんなさい。
決して、先生を「産婦人科医の代表」として、責めるつもりでも、
負担をかけるつもりでもなかったのです。

なんとなく、先生のブログからうかがえる温かい印象から、自分が勝手に
期待したような言葉をかけてもらえるのでは・・?なんて、思い上がって
いたのだと思います。 ごめんなさい。

今思えば、一般の人でさえ言葉に詰まる難問を、更に専門の医師と
言う立場の先生を、追い詰める愚問であったと、反省しています。
簡単に、答えられる事じゃないですよね。どんな言葉を使ったら誰も
傷つかないでいられるか、私自身でさえ、分らないです・・・(恥)

でも、答えはもう出ていましたね。

「私は、私のままで。
 どんな選択をしたとしても
 たとえ本意ではない選択をせざるをえなくても
 混乱の中、途方もない遠回りや、堂々巡りをしたとしても
 いずれ次へとつながってゆく」

人口死産の経験も、今回の息子の経験もあるからこそ
今の私があるんですよね。 
そして、それを自分の命に培って行って、未来の私がある。

本当に、心が満たされる想いでした。
先生、ありがとうございます。

毎日、生と死との間で命を繋いで行く先生。
どれだけの喜びと、悲しみを、直面し、体験してきた事でしょう。
妊娠、出産、そして生きる事は、本当に奇跡ですね。
これからも、先生は先生のままで、足、大事にしてくださいね(笑)
ドリブル、張り切り過ぎないように・・・(笑)

投稿 Tibi | 2008年3月18日 (火) 12時29分

りんごさん
くろさん
おかよさん

 皆さんのことば、何度も読ませていただきました。
いろいろなこと、感じさせてもらいました。

 

投稿 竹内 正人 | 2008年3月10日 (月) 17時58分

竹内先生
りんごさん
くろさん

もっと早くに書き込みたかったのですが遅くなってしまいました。また少しこの場をお借りします。
重篤な疾患が胎児に見つかった場合の、妊娠を継続するか 否か・・・という問題は、本当に難しいといつも思っています。
「胎児にも生きる権利はある。それを親が奪っていいのか。」そんな意見の方が正論だとも思います。
でも、出生前診断や人工妊娠中絶(人工死産)の問題は決して答えはひとつではないですよね・・・。

私の中でも、いつもせめぎあっています。
「これでよかったんだ(こうするしかなかったんだ)」
「これでよかったのか」・・・と。

そして【事実】が美化されていきそうで恐ろしくなったりします。
でもそれも生きていくために必要なことなのでしょう。脳がそのように処理しているのでしょうね・・・。そうでなければ、きっと私はもうとっくに我が身を滅ぼしていたと思います。もうすぐ娘を失って10年になろうとしていますが、この10年間、我が子を死に至らしめたくせに生きることに執着している自分自身に嫌悪感すら抱いたことも・・・しょっちゅうでした。

暗くて冷たいブラックホールが自分のすぐ上にあって、油断するとすぐに引きずり込まれる様な感覚と長い間付き合ってきたように感じます。
だけど今は、そのブラックホールは恐怖の対象ではなく、自分から覗き込みに行けるくらいの存在になりつつあります。

りんごさんは以前に人工死産を経験なさったと書いていらっしゃいましたね。そして地上にお子さんもいらっしゃるんですよね。・・・今回の、この【選択】は、今のりんごさんだからこその選択肢であったのだろうと思わずにはいられませんでした。りんごさんは経験として職っていらしたのですね。この妊娠を終わらせることが苦しみからの脱却ではないことを。命が確かに私達のおなかに芽生えた事実は、人工死産をしてもなくなりはしない。0に戻るわけでもない。それは【死】という存在になることを。

りんごさんの
>でも、それでも逝ってしまった。
のところで・・・泣けて泣けてたまりませんでした。
それでも息子さんは生きてりんごさんに会いたかった。たとえわずかな時間でもこの世に存在していたかったのですね。どんなに可愛かったでしょうね。どんなに愛おしかったでしょうね・・・。

体験を書くということは、あの時を思い出し文字に変換していくこと・・・。そして、単に思い出すのではなく、もう1度あの時のことを体験することなのだと思っています。だから書きながら痛みが伴います。ですが書くことは、最良のセルフケアだと思っています。人は誰でも、きっと、自分自身の傷を癒す力があるのだと思います。息子さんのこと、もしよろしければ・・・また聞かせていただけますか。

くろさんとは別の場所でもお話できますので割愛します~。(くろさん、ごめんなさい!くろさんのこと、いつも想っています。)私にとってくろさんとの出会いはとても大切で多くのことを教えてもらいました。りんごさんとの出会いも、今後絶対に忘れられない大切なものです。お二人ともありがとうございます。

そして竹内先生、ご多忙だとは思いますが、季節柄どうぞご自愛ください。今回も本当にありがとうございます。

投稿 おかよ | 2008年2月20日 (水) 16時49分

くろさん

ちょこちょことこちらのサイトを覗いていたのにもかかわらず、
今日、くろさんのメッセージに気付きました。
お返事が遅れてすみません。
(竹内先生、再びスペースをお借りしてすみません)

実はおかよさんへのお返事も、書こう書こうと思い続けていたのですが、
ここ数週は出勤時間も長く、課題も多かったため(パートタイムで
学生をしています・・・。) なかなかゆっくりと時間がとれなかったのも
ありますが、息子の事を書く事は、今でも大変な勇気と労力が必要
なのに加え、何度書いても想いが上手く表現できず、書いては消し
また書いては消し・・・と繰り返していました。 

おかよさん、この場を借りて改めてお詫び申し上げます。 
言いたいこと、全部まとめられるか分かりませんが、くろさんへのお返事を、
おかよさんへのお返事の一部として代えさせて下さい。
(お返事、アドバイスいただけて本当に嬉しかったです。)

くろさん、辛い記憶を呼び起こしてまで、わざわざ私の為にメッセージ
を宛てて下り、本当に感謝の思いでいっぱいです。
このメッセージを書く事が、どれだけ辛かったか、くろさんの想いを思うと
本当に胸が痛くなり、涙が出てきます。 
ごめんなさい、そして、ありがとうございました。

くろさんと、私。 選択は異なっていても、私達に違いはないと私は
思っています。 私の立場は、くろさんとは正反対に写るかもしれませんが、
お互い、大切な子供の命を失った同士、違いなんて何もないと思うのです。
くろさんの選択も、そして私の選択も、正誤などなく、どちらも正しく、
そして、どちらも間違っていたと言えるのではないのでしょうか?

だって、何をどうやっても、助ける事なんて出来なかったんです。

私の息子は、明るいのも暗いのも分かってました。
温かいのも冷たいのも分かっていました。
耳も聞こえていたし、声をあげることも出来た。
そして、頭部付近に物が触れるのも、とても嫌がっていました。

私の息子は、痛みを感じていたのです。

ずっと、「痛みを感じる事が出来る脳自体が欠如してしまっているので
痛みを感じる事はない」 そう言われ続けて、そう信じ続けてきたました。
息子が苦しまないでいられる事。それだけが私の願いでした。

だから、目の前で居心地の悪さを訴える息子を目にした時、
私は「何て事をしてしまったんだ!!」と、自分の身を焼き尽くしたい
気持ちでいっぱいでした。 母親の子宮内は完璧な世界だと言うけれど
本当はこの9ヶ月(日本式で言うと、10ヶ月と10日でしょうか?)
ずっとずっと、苦しめてきたのではないか?

人に寄っては、まるで私は息子の命を全うさせた母親のように見える
のでしょうが、本当は最愛の息子を、最後の最後まで、苦痛で苦しめた
母親だったのかもしれないのです。

でも、そんな事、誰が分かっていたでしょう?分かる術などなかった。
子供それぞれ、同じ「無脳症」と診断されても、事細かな症状は、
個人に寄って様々です。それは、他の米国での経験者の話を
いくつか読み、頭では理解していました。
でも、実際お腹の中にいる我子がどんな状態か、それは医師にだって、
診断できないのです。 そして、おかよさんのお言葉をお借りすれば、
「たった数分の説明の流れの中で、その重大さに気づく母親が
どれだけいるでしょうか?」

そもそも、「安全な出産」自体、この世には存在しないのです。

でも、息子はずっと苦しみ続けていた訳ではありませんでした。
痛みも感じる事が出来た。呼吸も辛そうで、時にとても苦しそうだった。
でも、ずっと眉間にしわを寄せ続けることなく、柔らかな表情をしてました。
声をかけると、「ぱぁっ」と顔が明るくなるのが分かりました。

でも、それでも逝ってしまった。
人の体は、魂が抜けるとこんなにも小さくなるのか・・・と言う位
どんどんどんどん小さくなって、だんだんと体の色が変っていく息子を
見るのは、本当に身が裂ける思いだった。

息子を授かった事、それは今でも後悔はしていません。
でも、息子を失った事、その悲しみは、一生消える事はありません。

くろさんも、私も、その悲しみはつまる所、一緒なのです。
どうぞ、ご自分が選んだ選択を悔やまないで下さい。
あなたの下した決断は、決して間違いではないのですから。

そして、今お腹に宿った命を、どうぞ心行くまま慈しんでください。
たくさんたくさん、愛してください。
そして、無事出産を追え、その後、何年も何年も、健康で
すくすく育っていく事を、私は心から祈っています。

息子が産まれた日の事を書くのは、今日が初めてでした。
とっても、勇気がいりましたが、書けてよかった。
すこし前に進めた気がします。
すいません、何分寝不足なもので、うまく文章がまとめられているか
定かではないのですが、乱文雑字(手書きでは無いけれど・笑)
どうぞお許し下さい。

もう、寝ます・・・。おやすみなさい・・・。

投稿 りんご | 2008年2月 1日 (金) 13時41分

竹内先生、以前いのちのブログにコメントを寄せた「くろ」と申します。
こちらにコメントをしてよいものかどうか昨晩悩んだのですが、
どうしても書かせてほしくなってしまいました。
わがままをお許しください。

りんごさんにお伝えしたいことがあって、勝手ながらこのような形を取らせてもらいました。

りんごさんはじめまして。
くろと申します。
昨々秋に無脳児と診断された第2子である息子を18週で人工死産しました。
こちらのブログ内で「無脳児」で検索すると、私が先生に相談している記事がヒットします。
おかよさんには人工死産の選択を迫られていた時から大変お世話になり、
心の支えとさせていただいております。
(おかよさんには「くろくろ」「くろりん」と名乗っていたかと思います)

>それでも、息子と同じような障害を持った子の
>お母様・お父様方には、最終的選択は任されているのでしょうか?
>つまり、妊娠を臨月まで継続させると言う選択値は与えられている
>のでしょうか?

私は、妊娠継続をすすめられ、最終的選択を任され、断ったケースの人間です。
妊娠継続の選択の方が、母体にも安全であると説明を受けました。
にもかかわらずです。
おかよさんが書かれている「せっかく授かった命なのですから」
という説明を受けた者の1人だと思います。

当時限られた時間の中で、りんごさんと同じように妊娠継続を選択した体験談をインターネットで探しましたが、やはり見つかりませんでした。
今思うと、人工死産すべきという周りの意見に立ち向かいたい為、無脳児を臨月で出産してその子が助かったケースを探していたのかもしれませんが、そういった話も見つかりませんでした。人工死産の選択をした自分を正当化する為だったのかもしれません。
主治医からは「延命措置はできないけれど、数日生きることがある」と説明を受けましたが、最終的には妊娠継続を選択することはできずに、転院して人工死産しました。
人工死産を選択したその後は、アルコール依存・鬱・パニックを経験し、上の子の育児を優先する選択のつもりだったはずなのに、育児を放棄した状態になってしまい本末転倒の時期が長いことありました。

>決して正しいとか、間違っているとか、
>そんな次元の問題ではなく、どんな方法でも子供を失うのには変りがないなら、
>この方法が私達夫婦にとって、一番最善であると考えたからです。

りんごさんと同じ選択をしたら、と今でも思うときがあります。
息子を人工死産したことは、それまでそれほど意識すらしていなかった死生観も宗教観も全て引っくり返り、りんごさんと自分との違いはなんだろうと考え続けています。

現在第3子妊娠中ですが、22週を超えるまではもう同じ選択肢を与えられたくないと思い続けて過ごし、後期になった今ではこの子がもし無脳児であるとわかっていながらのこの大きなお腹だとしたら、ということが思い浮かぶとお腹の子の命を全うしなかった時の事が鮮明にフラッシュバックして、今このお腹にいる子は息子の命を諦めたから出会えている命なのだ思うと、アルコールに溺れていた時の方がまだましで、改めて自分はもう引き返せないところにいると思ってしまうのかまたパニック症状がでたことがありました。

私は自らの体験をブログのような形をとってインターネット上に綴ることはできずにおりますが、今回のように交流を取りたい衝動に駆られるときがあり、りんごさんの体験、想いを是非知りたいと強く願っていることをお伝えしたくなってしまいました。
おかよさんが仰っているようにそれはとても大変なことではあるかと思いますが、影ながら応援させてください。

それだけお伝えしたかったのと、竹内先生、おかよさんへは近況報告も兼ねて思いつくまま書かせていただいたので、どうか乱文をおゆるしください。

投稿 くろ | 2008年1月25日 (金) 11時35分

おかよさま

私の為に、わざわざお時間を割いて、一つ一つ言葉を
選びながら丁重なお返事を書いてくださったこと、心から
感謝申し上げます。本当にありがとうございます。

皆様の経験や、おかよさんご自身のご意見・見解を
シェアして頂いた事、温かいお言葉をかけてくださった事、
次から次へとあふれる想いをかみ締めながら、しかと胸に
受け留めました。(実は私も、過去に人口死産の経験者
でもあります)

このご縁に感謝しながら、今の私の思いを含め、是非
お返事させていただきたいと思っているのですが、今は、
うまく文章をまとめる事が出来ません。ご無礼をどうぞ
お許し下さい。また、まとめられたとしても、きっと長文に
なってしまい、竹内先生のブログのコメント欄に綴って
いくべきではないとも考えております。

それらの理由から、是非、うまく文章をまとめられた日には
直接おかよさんへメールさせて頂きたいと思っております。
どうぞ、よろしくお願い申し上げます。
また、この場を与えてくださった竹内先生にも、心から
感謝申し上げます。ありがとうございました。

投稿 りんご | 2008年1月21日 (月) 12時38分

竹内先生、お久しぶりです。
2007年の2月にお返事をいただいた、おかよです。
お忘れになっているかもしれませんので、URL貼らせてくださいね。
http://takeuchimasato.cocolog-nifty.com/inochi/2007/02/post_c86d.html
その節は本当にありがとうございました。

数日前、久々にこちらにお邪魔した際、当記事を拝見することになりました。
竹内先生が“もうすぐパパ”さんに、「いずれ、ブログのバックナンバーを読んでほしいです」と声をかけられていたのを拝見し、左下の検索窓からこちらのブログ内で「破水」と入れてみましたら、私がお返事をいただいた上記記事も表示され、様々な思いの中、しばらく考えて結局立ち去ってしまいました。ですが交流のある友人から「おかよさん、竹内先生のブログ読んだ?」と声をかけていただき、またやってきました。そして“りんご”さんからのコメントを拝見するに至り、少しだけ・・・コメントさせていただければと思いました。

りんごさん、はじめまして。
私は人工死産経験者のためのコミュニティサイトを運営している者です。竹内先生にご質問なさっているのに、私などが横からしゃしゃり出て申し訳ありません。どうしてもお伝えしたくなってしまったのでお許しください。

りんごさんは息子さんが無脳症と診断されてネットを検索されていた時に、おそらく私が運営する「泣いて笑って」にもご訪問いただいたのではないかと思います。私も多くの無脳症・無頭蓋症で赤ちゃんを人工死産なさったご両親から連絡をいただいてきましたが
>それでも、息子と同じような障害を持った子の
>お母様・お父様方には、最終的選択は任されているのでしょうか?
>つまり、妊娠を臨月まで継続させると言う選択値は与えられている
>のでしょうか?
と、いうりんごさんの問いに関して、残念ながらYESとは言えないと思っている一人です。
りんごさんもご存知でしょうが、無脳症・無頭蓋症の赤ちゃんはおなかの中では元気で胎動もよく感じられ、まさかこの子が胎外では生きられないという宣告も信じられないほどだと思います。ですが頭が広がっている形をしているために、正期産まで待つという選択ができたとしても、経膣でのお産では産道を傷つけることが予想され、やはり帝王切開になるのではないかと・・・。ただし、もし初産だった場合、助からないとわかっている赤ちゃんを産むために母体を傷つける(帝王切開のために身体にメスを入れる)ことは、どの医師も勧めないのではないでしょうか。りんごさんが第1子を帝王切開で出産されていたため、無脳症である第2子も帝王切開になったんですよね。ですから帝王切開というリスクもよくご存知だと思います。
次の赤ちゃん、次の妊娠をいずれは希望されるであろう妊婦さんに、そんなリスクの高いお産を認めてくれるところなどあまりないのかもしれません。
ですが病院によっては、無脳症であってもせっかく授かった命なのだから・・・と人工死産させることを拒否することもあるようです。でも、それをまるで断罪されたかのように受け取る母親もいます。
またその反対に、同じく無脳症と診断された母親が悩みに悩んで人工死産を拒否したら、病院から「うちでは診れない」と放り出された方もいます。その方は紹介状もなく、ご自分でやっと出産を引き受けてくれた病院を探し当てています。

人工死産に至る理由として
1)赤ちゃんの染色体異常・形態異常
2)前期破水
3)母体の生命に関わるほどのハイリスク
などが挙げられるかと思いますが、そのなかでも1)の形態異常として無脳症は完全に「助からない」とされている症状に属しているのではないでしょうか。
欧米では致死的な胎児奇形が発見されても妊娠を継続するという、周産期における緩和ケアが取り込まれるようになってきたという論文を、ある通信社の記者から送っていただいたことがあります。
それにより、母親の人工死産(中絶)してしまったという罪悪感を回避することもできるようです。
ですが出生前診断がなされ、それがとても残酷な宣告だった場合、まるで妊娠の終わりがこの苦悩の終結だと言わんばかりの説明を受けて、ご両親は苦渋の決断をされるように思います。たとえそれがセカンドオピニオン先の大きな病院であっても、妊娠継続ができることは伝えても、それが正しい選択だというニュアンスは含まないことが多いのではないかと思います。そしてそれは医師にとっても意図せずに、妊娠を継続させるかしないかの二つの選択肢を示しておきながら、実は選択の余地はないように思わせるよう操作しているのではないでしょうか。

私はこのようなサイトを運営していますので、共感してくださる方にとってはとても大切な場所になっていると感じます。ですが、その反対に、重篤な疾患がある赤ちゃんを出産し今も闘っているご両親から抗議のメールをいただくこともあります。
ですがりんごさんも仰ってくださっていますが、どの選択が正なのか誤なのか、それは当事者以外がどんなに想像しても所詮、想像の範疇を出ません。

私たちは無知です。自分が経験して初めて、その痛みを身をもって知ります。

私も米国に3年半ほど滞在していたことがあります。産婦人科にて治療を受けていた時期もあります。
りんごさんとは対照的ですが、米国在住の母親で人工死産という選択をなさった方も結構な割合でいらっしゃいます。やはり赤ちゃんの染色体異常・形態異常によるものです。米国ではクアトロ検査は当たり前のように行われると聞きました。もちろん、妊婦はその検査を受ける前に結果次第では中絶という選択肢があることも説明されるのでしょうが・・・たった数分の説明の流れの中でその重大さに気づく母親がどれだけいるでしょうか。
流されるように検査を受けて、更に詳しい検査を受けて、そして中絶で赤ちゃんを喪って・・・気がつけば、それこそは我が選択であったはずなのに、この激しい喪失感と罪悪感に悩まされ、連絡を下さる方もいたことは確かです。

りんごさんがいずれ、その体験をブログなどで綴っていきたいと仰っていますが、確かにそれは人工死産で既に我が子を喪ってしまった母親にとっては酷な内容であるかもしれません。ですが公開してほしいとも思います。でも、それには覚悟が必要です。賛同意見も勿論、沢山寄せられるでしょう。ですがその反対も大いに可能性としてはあります。

ですが自分の中の真実・信念を貫く勇気を持っていただきたいと思います。私はりんごさんとは反対の位置にいる者ですが、りんごさんが羨ましいし、またそれを口にできるようになった自分も、それなりに昇華してきた思いがあるからこそだとも思います。私もまた救われているのかもしれません。

竹内先生のブログで生意気を申し上げたかもしれません。ですが勝手に先生の胸をお借りしたつもりで、書かせていただきました。
りんごさんがブログにされる時が来たら、ぜひ連絡していただきたいぐらいに思っています。

また話は変わりますが、“もうすぐパパ”さんは、その後、いかがされているでしょうか。
奥様のことも、赤ちゃんのことも、気になっています。どのような決断をなさっていても、私はその決断に敬意を表したいと思います。

投稿 おかよ | 2008年1月19日 (土) 23時23分

竹内先生

初めまして。私は現在米国在住の「りんご(ニックネーム)」と申します。
どなたか、日本の産科医の方にお話を伺って頂きたいと思い、ネットで
検索して先生のサイトに辿り着きました。

偶然なのか、必然なのか(苦笑)、一番トップの記事が、ちょうど私が
お伺いしたいと思っていた内容でしたので、こちらにコメントとして便乗
させていただく事にしました。(もう、質問の答えが出ている様な気も
しないのではないのですが・・・・)
もしお時間が許される時にでもお返事を頂けたら・・・と、思っております。

私は昨年の11月に、長男を39週で計画帝王切開にて出産しました。
(長女の出産が、帝王切開であった為、病院のポリシーにより2度目も
計画帝王切開になった運びです)

そして次の日、息子はお空へと帰って行きました。
息子は、「無脳症(無頭蓋症)」でした。

病気が分かったのは、妊娠18週の時でした。日本では、息子の様な
障害を持った胎児を妊娠した場合、その殆どが医者からの強い薦めの元
(もちろん母体へのリスクを考慮して)、「人口死産」と言う処置になるのだと
聞きました。

米国でもそれは同じで、医者からはそう勧められたが、最終的選択は
夫婦に任されており、私達は希望通り、臨月まで妊娠を継続する
意思を告げました。その選択は、決して正しいとか、間違っているとか、
そんな次元の問題ではなく、どんな方法でも子供を失うのには変りがないなら、
この方法が私達夫婦にとって、一番最善であると考えたからです。

ただ、息子の事が分かった時、ネットでありとあらゆる情報を検索した末、
日本語で書かれた「臨月まで継続した」と言う体験談には一つも出会え
なかった事に、心が痛みました。 

それは、その方達の決断を否定している訳では絶対にありません。
子供を失うと言う悲しみは、どんな現状であろうと、どれだけの期間で
あろうと、そんな物に差などなく、言葉には表現できないほど、耐え難く
深い悲しみです。みんな一緒です。 
だからこそ、みんな、どんな思いで大切な生命とお別れしなくてはならな
かったのか。どれだけ辛くて、悔くて、悲しかったか・・。 その気持ちが、
私にも身が裂けるほど痛感出来、涙が止まりませんでした。

現在の日本の産科医療の現状は、医師の減少など、大変厳しい
ものだと伺っております。それでも、息子と同じような障害を持った子の
お母様・お父様方には、最終的選択は任されているのでしょうか?
つまり、妊娠を臨月まで継続させると言う選択値は与えられている
のでしょうか?

私は、息子を授かった事、母親になれた事、息子を授かった事で学んだ事、
気付けた事、元気な胎動を感じながら過ごし、産声を聞けた事・・・。
それら全てに、微塵の後悔もなく、人生で最高に幸せな時を過ごしました。
本当に、生きるという事がどれだけの奇跡か、命と言うのはどれだけ尊い事か
それを息子を通して学べた事は、一生の宝で、心から感謝している経験です。

ただそれ以上に、息子を失った悲しみは深く、今は毎日を生きるのに
精一杯ですが・・・。

いつか心の整理が着いた時、息子と過ごせた日々の事を書き綴り
体験記としてブログなどで紹介できれば・・・と思っています。
それは、私達の決断を見習って欲しいなどと言う、傲慢な考えでは決してなく
私達の経験を通して、何が夫婦・家族、そして子供にとって、一番最善な
選択なのか、決断する「ものさし」になればいいと思っているからです。

ただ、現在の日本での産科医療の現状では受け入れられないのであれば、
私がこの経験を書いてしまうことで、逆に多くの人を苦しめてしまうのではないか?と、恐れているのが現状です。

長文になってしまい申し訳ありません。いつか、お返事がいただける事を祈りつつ、生のこれからの健康とご活躍を、心から祈っております。

投稿 りんご | 2008年1月19日 (土) 15時40分

先生、初めまして。
昨年11月30日に21週で赤ちゃんを亡くしました。

今日、検索していたら、竹内先生のブログに行き着き、私と周期も同じで、似たような症状でしたので思わずコメントを残してます。

1ヶ月以上たちましたが、まだ頭の中が整理できてないので、文章が変だとは思いますが、できましたら読んで頂ければと思います。

20週に入る直前(11月17日)に出血があり、トイレ以外は起き上がらないようにと安静の指示だったので、ずっと横になってる状態ですごしておりました。
翌日発熱があり薬を頂いて熱はさがりました。
1週間後(11月24日)にまた診察をしてポリープが子宮の入口付近で見つかりその場処置をしました。その時医師は発熱があった時の血液検査で感染値(だったと思うのですが)少し高いからクラミジアの検査もすると言っていました。この検査の時に子宮もちゃんと閉じてるし出血はポリープが原因だろう、流産・早産の気配は無いですが、引き続き安静にとの指示だったので、トイレ以外は横になっておりました。
診察より3日後(11月27日)、トイレに行った際、膣より見たこともない物が出てきて救急車で搬送してもらいました。
その見たこともない物とは、臍帯でした。

医師には、本当だ臍帯がでてきちゃってるよ。あ~心拍が弱いね。時間の問題だよ。破水もしてるよ、羊水が殆ど残ってないけど破水に気付かなかったのかと言われました。

今思い出すと、水気を含んだ出血だなぁと思ってはおりましたが、出血の方ばかり気になってましたし、6ヶ月で破水するなんて思ってもいませんでした。
(11月24日の診察の前日に血液より水分のほうが多かったからもしかして破水?と思ったのですが、診察の時にポリープあると言われ気も動転してましたし、ポリープが出血原因であろう、子宮も閉じてるから早産の心配はないとの事で安心し、もしかして破水かな?と思ったことはすっかり忘れて聞いてませんでした。死産してしまってから2・3日してこの事を思い出したのですが、「その診察の時に言ってれば赤ちゃんが助かったかもしれないよ。何で言わなかったの」と言われそうで、誰にも言えません。)

医師には、今回は助けようがありません。助かるならすぐにでも帝王切開をしますが、小さすぎて無理です。との説明。
救急で運ばれたときは確かに心音が弱ってたのですが、1時間程してからは、すごく元気に心拍も戻っていました。
このまま妊娠が続けられるのではと、密かに期待ももってしまってたので、なぜ無理なのかが受け入れられませんでした。

でも、竹内先生のこの「もうすぐパパさん」への説明を聞いて、少しは納得することができました。

破水の原因は入院中も、私には悪いところは全くありません。
赤ちゃんにも先天性の病気等もなく、早産になってしまった原因も不明ですとのこと。
不安はありましたので、産後1ヶ月の検診の時に、
破水の原因はウイルスによる感染ではなかったのか、
元々子宮の入口がゆるいのではなかったのかと、
インターネットで早期に破水してしまった方の原因がこの2つが多く出てたので、医師に聞いてみましたが、そのような事はないです。
殆どありえない事がかさなってしまって早産になってしまいましたが、今回の早産は原因不明とのことでした。

後々インターネットを見ると、確かに臍帯脱出が6ヶ月で起こるって例はみつかりませんでしたが、6ヶ月で破水の例はあります。
搬送された際の医師の心無い言い方に不信感もあるせいか、ミスがあったのでは、担当医師の知識不足なのではと思ってしまい、本当は何か原因があったのではと不安に思ってしまいます。
(ベテランの医師なので知識不足であるわけないとは、頭の中ではわかっているのですが、心がわかってないのです)

もしまた子供を授かることができた時には、どのような病院で診ていただければいのかと思っています。子宮頸管無力症等であれば、また早期破水の可能性もあるので総合病院の方がいいのかと思っています。
まだ、このように次の妊娠のこと、病院のことを考えるべきではないのかもしれませんが、これから先に進むことができないのではないかと思ってしまいます。

毎日毎日本当にお忙しいとは思いますが、時間に余裕がある時がもしありましたら、アドバイス頂ければ幸いです。

 気持ちの整理なんて簡単につけることはできませんし
 整理をつける必要もありません
 あなたは あなたのままでいい

 大切なお子さんを思っている
 今のあなたたなちの気持ちを
 これからも、つないでゆけるのであれば
 どんな選択をしたとしても
 たとえ本意ではない選択をせざるをえなくても
 混乱の中、途方もない遠回りや、堂々巡りをしたとしても
 いずれ次へとつながってゆく、今の私にはそう思えます

この先生の言葉で少しずつ進めそうな気がします…。

投稿 天使ママ | 2008年1月14日 (月) 13時37分

竹内先生 こんにちは。

現在第二子妊娠20週に入ったばかりのcocomamaといいます。
たった今先生のブログを見つけ拝見し、はじめてコメントさせていただきます。(こちらにコメントして良かったのでしょうか?もし失礼があったらすみません)

実は私、結婚11年目不妊治療の末に授かった第一子のはじめての産婦人科の診察で竹内先生に受診していただきました。2005年9月のことです。
はじめて目にする超音波写真を、先生自らはさみでちょきちょきときってくださり、のりをつけてピンクの台紙に貼ってくださいました。
「良かったね。良かったね・・・」と満面の笑顔で何度も言って頂き、それまで実感がわかなかった私でしたがうれしさがこみ上げ涙をこらえるのが大変だったこと・・・今でも鮮明に覚えています。
残念ながら、その後の検診では一度も先生の診察を受けることはなかったのでお礼が遅くなりました。その節は本当にありがとうございました。

その時の超音波写真に写った豆のような子ですが、29週で異常が見つかり緊急帝王切開で出産、840gで誕生となりました。手術などを経て数ヶ月入院、その後も入退院を繰り返し、子供には本当に大変な思いをさせてしまいました。でも今は4歳、元気に保育園に通っています!

現在第二子をやはり体外受精で授かり妊娠中ですが、第一子のような早産にならないか・・・?不安でなりません。
通院中の担当医は「一人目がそうだったからといって二人目もそうなるとは限らない」の一点張りで、私としてはその一言だけでは不安をぬぐいきれず、未だに悶々としています。
第一子がおなかの中で育たなくなってしまった原因はある程度知らされており、その旨も伝えてあるのですが「そうでしたか」だけで・・・。

一度竹内先生のカウンセリングを受けてみようかと思案中です。その節はまたお世話になるかもしれませんが、よろしくお願いいたします。


なんだか支離滅裂な文章になってしまいましたがお許し下さい。
またコメントさせていただきます。


投稿 cocomama | 2008年1月13日 (日) 18時14分

コメントを書く




コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。