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2008年1月24日 (木)

270. ちょきちょきしながらの会話が大好きでした

cocomamaさんこんにちは

実は私、結婚11年目不妊治療の末に授かった第一子のはじめての産婦人科の診察で竹内先生に診察していただきました。2005年9月のことです。
はじめて目にする超音波写真を、先生自らはさみでちょきちょきときってくださり、のりをつけてピンクの台紙に貼ってくださいました。
「良かったね。良かったね・・・」と満面の笑顔で何度も言って頂き、それまで実感がわかなかった私でしたがうれしさがこみ上げ涙をこらえるのが大変だったこと・・・
今でも鮮明に覚えています。

そうでしたか
当時、葛飾日赤では、ピンクの紙に、超音波写真を貼って渡してましたよね。
私は、あのちょきしょきしながらの会話が大好きで、
いつも、“紙切り芸人”のような気分になってました(笑)
どんな状況でも、さぐりながらでなく、きてくれた命を祝福してもらえるって
嬉しいですよね。喜んでもらえてよかった。

その時の超音波写真に写った豆のような子ですが、29週で異常が見つかり緊急帝王切開で出産、840gで誕生となりました。手術などを経て数ヶ月入院、その後も入退院を繰り返し、子供には本当に大変な思いをさせてしまいました。でも今は4歳、元気に保育園に通っています!

そうだったんですか。
辛い思いをされていたんですね・・・

現在第二子をやはり体外受精で授かり妊娠中ですが、第一子のような早産にならないか・・・?不安でなりません。
通院中の担当医は「一人目がそうだったからといって二人目もそうなるとは限らない」の一点張りで、私としてはその一言だけでは不安をぬぐいきれず、未だに悶々としています。
第一子がおなかの中で育たなくなってしまった原因はある程度知らされており、その旨も伝えてあるのですが「そうでしたか」だけで・・・。

不安をなくすことはできません
医療で解決できるわけでもありません

人間だから、どうしようもないこともあるけれど
それでも、医療者も、周囲もあなたの不安に共感してくれて、
そんな不安と一緒に歩んでくれるといいですね

第二子が来てくれたこと、本当によかったです。おめでとう!New_10
今度は、ピンクの台紙はあげられないけど、
cocomamaさんがそのままのあなたでいられるよう
お祈りしています

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2008年1月 5日 (土)

269. 思いをつないでゆければ きっと次へとつながってゆく

もうすぐパパさん こんばんは

12月中旬から妻が羊水が漏れ出して入院しました
羊水がとまるまで安静にということだったのですが

今日の診察で羊水が少なくなっていて
お腹の子供の成長が止まってしまっているかもしれない
21週にしては頭部も小さいと言われました
7日には今後どうするか!?
選択をしなくてはならない状況です

そうでしたか・・・

7日には選択をしなければならないというのは
22週を前に、中絶か、継続かを決めなければいけないということですね・・

ここからは医学的な観点からの回答です

破水でも、感染がなければ、まれではありますが、
自然に羊膜が修復することがあり、修復をすると羊水も正常量にもどります

ただ、12月から入院していて、羊水の量が少なくなってきているということは
修復する可能性は少ないということなのでしょうね

羊水が少ない中では赤ちゃんの頭が前後に長くなる傾向があるので、
頭部が小さいというのは、児頭の大きさを評価する児頭大横径が
短く計測されているだけなのかもしれません。
ここで、問題になってくるのは赤ちゃんの肺です

この時期に羊水が少ない場合、赤ちゃんの肺がうまく育ってゆけず
子宮のなかでは胎盤が酸素を運んでくれるので、いいのですが
生まれてくると、呼吸がうまくできなくなるからです

残念ですが、お子さんは子宮の外の世界で生き抜いてゆくことは難しいでしょう

通常、このような流れで選択というと、
暗に今回は諦めましょうということになり、
そのほとんどで形式上の中絶が選択されていると思います

残酷のような感じがしますが、
それが、結果を重視する医学で妊娠、出産を見ていくということなのです
また、それが、医学の限界でもあるのです

やはり今回は諦めなければいけないのかと

言葉に語弊はあるかとは思いますが、
一般の病院で見てゆくのであれば
諦めるのが無難なのでしょう

もし、あなたがたが、継続したいと言った場合
多くの病院では、どのようにフォローしていっていいのかがわからず
正直、困ってしまう

そんな状況のなかで、継続をしていくことはとても苦しいことです

ここからは、医学をこえた観点の話です

決して、諦めなければいけないわけではありません

生き抜いていくのが難しいから
意味のない命であるはずがないからです

先が見えていたとしても
命が全うすること、全うさせることはとても意味のあることだし
その時点では、そんなあり方を受け入れられなくても
プロセスを丁寧に見守っていく中で
何かが違ってくる

だた、そういうケア
すなわち生き抜いていくことが難しい命を
丁寧に見守っていくというあり方は
今の医学の枠をこえています

「医学」を「社会」や「慣習」「常識」などの言葉と
置き換えることもできるでしょう

気持ちに整理をつけようと思ってはいるのですが
しかし簡単にはつけることができません

気持ちの整理なんて簡単につけることはできませんし
整理をつける必要もありません
あなたは あなたのままでいい

大切なお子さんを思っている
今のあなたたなちの気持ちを
これからも、つないでゆけるのであれば
どんな選択をしたとしても
たとえ本意ではない選択をせざるをえなくても
混乱の中、途方もない遠回りや、堂々巡りをしたとしても
いずれ次へとつながってゆく、今の私にはそう思えます

7日まで、あと2日New_11
辛いことでしょうね・・・

私には直接助けてあげることはできませんが
いずれ、ブログのバックナンバーを読んでほしいです

お大事に

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2008年1月 3日 (木)

268. 釜石より 3

あけましておめでとうございます

2日から、岩手県釜石市にきています

県立釜石病院ではじまった
院内助産のシステムを見せてもらいながら
お正月の産科当番をさせてもらっています

街中に宿をとっているのですが、
店はどこもシャッターがおりていてシ~ンと静まりかえっている
そんな釜石が、実は私の中にあるお正月の原風景に近いことに気づいて
ノスタルジックな気分になっています

そんなノスタルジアが
自分の奥底に沈殿している
“とてつもない重み”を
引き出し、掻き回している

でも、その重みの得体がよくわからず
自問を繰り返しています
いつかわかる時がくるのかな・・・

そんなノスタルジアが
“人として優しくない”わたし
“自分勝手で矛盾している”わたし
“弱くてもろい”わたし
に攻め入ってきている

でも、どうにもならず
どうすることもできず
どうしていいかもわからず
ひとり釜石の街を彷徨っています

なおしたいけどさ・・・

そんな自分にできることを
やっていくしかないかな

明日の夜、東京に戻りますNew_12

いつも支えてくれてありがとう
今年もよろしくお願いします

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