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2008年5月12日 (月)

285. いのちの争いに勝ち負けはそぐわない

江東区東陽一丁目さんこんにちは
奥さん、経過も順調そうでなによりです

医師の医療行為を刑事に問うことに私は反対の立場です。
医療事故で医師を訴えるのは感情としては理解できます。
どこかにぶつけなければ抑えようのない怒りをぶつける相手が特定されている。どうしてもやらねば気がすまない。あだ討ちと言う病気等による(医師によるではない)被害者に対する義理であるかもしれない。
これは周りが諌めるべきことだと思う。

医療の状況がここまできてしまっては、
お互いの気持ちをぶつけあわざるをえないだろうと、私は思っています。
ただ、やはり司法が前提となる今の応報的な対応、ぶつかり合いは難しい。
いのちの争いに、勝ち負けはそぐわないからです
裁判で勝ったからといって根本的なところが癒されるわけではない
長くなるので詳細はここでは話せませんが、
修復的正義のようなあり方がいいと私は思っています。

消防の場合どんな感じで処理されているのでしょうか?特に問題視されていないようですが、事故はあるだろうし、助けることが出来なかった消防士も大きなショックを受けるようです。共通点があるように感じます。
自衛隊での事故も人が亡くなることもありますが、刑事事件として取り上げられた事例を知りません。(私、元自です)

医療の場合もそうでした。
かつては聖職だったので、医療事故も問題にされなかった
でも、当事者は内心を誰にも打ち明けられず苦しんでいたでしょうし、
それが医療全体の「隠す」体質にもつながっていった

ところが、1990年頃から医療の位置づけが、
社会の中でサービス業的なものに急にかえられてしまった
人々の医療、医師に対しての意識もがらりとかわり
以降、病院は冬の時代をむかえます
ただ、かわったのは表面的、外見的な器だけで
中身はそう簡単には変われなかった
そのヒズミが様々な問題を起こしています
じゃあ、医療者がかわって歩みよればいい?
そういう部分も必要でしょう
でも、それだけではいい方向には進まない
医療がサービス業におさめようとすることにも無理がある

消防、自衛隊は仕事の性格上そうはならないと思いますが、
何かあれば、他の責任にする個や社会の姿勢は
そんな聖域などなくしてしまいそうな勢いです

医療現場も、もっと通常の状況ではない、出産は手術であるというような認識を広められればもっと冷静な対応につながるのではないかと思います。

(゜o゜) さんがコメントしてくださったように、
私は出産を手術のようなものであるとは思っていいのですが、
東陽一丁目さんは、そういう意味で使われてないこと、わかっています

人が人であるかぎり命の保障はできないし、どうしようもないこともある
時代がかわっても、命を生み出してゆく妊娠・出産は命がけのこと
だからお互いに命に向きあっていくんだ

いつもそう叫びたいと思っていますが
医療者である私が声高に主張しても、なかなか伝わらないでしょう
伝えることと伝わることはまったく違うことですからNew

ただ、日々、来てくれた命の意味をお互いに意識できるような
関わりがさりげなくでも、できれば、ゆっくりでも何かが伝わってゆく
そう、信じています

家内が女医さんを希望したのでその旨受付に伝えましたが、
先生の診察は良かったと思います。応援してます

女医さんを希望していたのに、早とちりで私が診察させてもらったのでしょうかcoldsweats01
それでも、うれしい言葉をありがとうございます
お大事に

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