314. 福岡小1殺害事件 ~ いつもより少し丁寧に「おはよう」
産科外来に小走りで向かう途中
待合室のテレビに
福岡小1殺害事件のニュースが
大写しにされていた
「子どもも殺し自分も死のうと思った」
待合室の空気が圧縮されて
どんよりとのしかかってきたみたいで
皆、微動だにできずに固まっている
誰も一言も発せない
みんなどんな気持ちで
この場にいるんだろう・・・
子どもの将来を悲観した
計画的ではなかった
衝動的にやった
見つからないように
わが子をトイレの裏にかくした
そして被害者を装った・・・
身勝手だけど・・・
身勝手すぎるけど
自分の子どもに手をかけてしまった
そこまで追いつめられてしまった
母親のことを
まったく何も知らない
その母親のことを
そして、見えてこない父親
その周囲のことに
思いをはせている
僕がそこにいた
あとからふり返れば
なんであんなことを・・・
って思いにとりつかれることは
誰にでもあるはずだけど
仮想と現実
妄想と実際の
境界線がなんとも曖昧に
なってきている
この時代
夫婦、家族、友人、恋人
地域、職場、社会、国
が担ってきた
その境界を支えてきた
抑止力や受け皿みたいなものが
お互いの関係性ともども
一気に消えようとしているのかもしれない
周囲との関係なんて
あったらあったで
わずらわしいけど
そんなわずらわしさにも
意味がある
専門家が事件の
分析や議論をして
適切な対策を講じたって
人と人がつながってないんだから
必要になる人のもとへ
それが届くとは思えない
でも、その時に
公園で、だれかが
「おはようございます」
って、たった一言
声をかけてくれていれば・・・
そんな一言が
いのちもつなげてくれることがある
たった一言で
人は救われることがある
外来がはじまった
そんな重さを振り切るように
僕はいつもより
少しだけ丁寧な
「おはよう」を
繰り返していた









最近のコメント