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325. 産科医療補償制度 1 一体誰が幸せになるの?

1月1日から産科医療補償制度が始まりました
だけどやっぱりこれおかしいな・・・

9月11日の私のブログ
308. 「(産科医療)無過失補償制度」って知っていますか?
で、この制度への思いや考え方について書きましたが、
振り返ってみると、この時には、今回実際に施行された制度
についてきちんと認識できていませんでした

まず、その時とは名前が違いますよね
いつのまにか無過失の名前がとれてしまいました
これって産科医を救うための制度ではなかったの?
(以下、上記ブログ308より)

脳性まひは、その多くが妊娠中のエピソードが原因で、
分娩時の出来事や事故で脳性まひになることは少ないんです
医療側(者)には責任はないんですよというのが
「無過失」がついている理由です。

家族とともに、ある意味医療者も、被害者なんだから、
あんまり医療者を責めたりしないように!
そんなことをすると、ますます、
産科医のなり手もなくなってしまうんだから・・・
そのかわりに補償金をお支払いしますからね
ただ、「無過失」補償ですから、
お金をもらったら、訴訟なんかをおこしたらだめですよ。
お願いしますね ┐(´-`)┌ 

無過失であれば善悪は別としてわかりやすかったんだけど
産科医療補償制度だなんて一見やさしそうだけど、
実はより曖昧で、焦点のぼけた、
産科医を守るのか、母と子のためなのかがわからない
玉虫色で、どっちつかずの
ややこしくて、現場には負担ばかりかける、
骨抜き制度になってしまいました

産科医不足をうまく利用されてしまったなという感じです

これって、誰のための制度なの?
国というか官僚のためだよねこれって

産科対策やりましたよっていう政治的パフォーマンス?
たんまりの余剰金はどこへ行っちゃうの?
裏金貯蓄システム?
天下り先確保の温床?

で、毎年300億をこえる財源はどこから?
担当する民間保険会社が潰れたら?

過失があってもなくても
お金が払われるようだけど
真相がわかるようになるの?
それで訴訟は減るの?
補償対象の認定基準があいまいなので
それを決定する小児神経内科の先生たちだって困ると思うけど?
先天的な疾患があって脳性マヒの子は対象外ってことは救済ではないよね?
先天的ってわかってしまえば補償の対象外になるのだとすれば
親だって、原因究明のための詳しい検査なんて受けたくないだろうし
受ける承諾なんかしないと思うけど?
だって、ひっかかったら3000万もらえなくなるし・・・

それでは信頼できる学術的データが構築されるとは思えないけど
どうなんだろう?
本当に再発防止になるのかな?

現場の医療者と、女性、家族の関係性はこの制度でよくなるの?
女性は安心して産めるようになるの?
本当に母と子のためになるのかな?
産科医が楽になるの?

その他・・・・・・・
知れば知るほど疑問がでてきて
やっぱりというか益々、
腑に落ちなくなってしまいました

わたしたちの子孫のつけで
こんな制度にしてしまってよかったの?

一体、この制度で誰が幸せになるの?

最終的には、全国で99.8%の施設が参加したとのこと
入っていない施設は、分娩数の少ないところばかりで
分娩数が年間500をこえるところで
加入していないのは当院だけだとか?

「入っていないのはお宅だけですよ」
「入らないと・・・・の制度が利用できませんよ」

といった勧誘?もあったけど
これって任意加入じゃなかったの?

私の勤務する東峯婦人クリニックでは
よくよく考えましたが、やっぱり
参加を見送ることにしました

いろいろな締め付けや
「加入していない産院は悪徳産婦人科?」なんて
周囲からの目やレッテル貼り?が
気にならないかといえばウソになるけれど

納得もできないのに
本当にいいものなのかもわからないのに
皆が入っているからというだけで入ってしまうなんて・・・
先行きの見えない時代、それってどうなんだろう・・・

皆で破滅の道に向かっていってるのかもしれない・・・

次の世代に無責任すぎない?

ちょっとつっぱっているところもあるけれど

願わくは、皆さんに、もっと本当のことを知ってもらって
限られた貴重な財源のなかで実施してゆくのに
本当にこれがふさわしいしくみなのかを
話し合ってゆく機会が各地、各所で生まれてゆくこと

この混迷の時代に生まれる、生きる
生き抜いてゆくこと
障害を持って生きてゆくことって・・・

そんな根っこのところを
医療や国まかせにするのではなく
もっと、自分たちのこととして
考えてもらえれば・・・

というわけで
排除される少数派にはならないで
もう少しだけつっぱってゆこうかなと思っています

まあ、そんな産科医もいていいよね

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326. 産科医療補償制度 2 東京新聞・中日新聞にコメントが

本日の中日新聞(東京新聞)朝刊の産科医療補償制度に関する記事に
少しだけコメントがでました
以下は掲載部分の抜粋です
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民間保険活用にも疑問の声がある。
徴収した掛け金が余ることも予想されるが
「収支について透明性がなく、納得しきれない」と、
加入していない東峯婦人クリニック(江東区)の
竹内正人医師は言う。
産科訴訟について「肝心なのは、
医師と妊婦が心を通わせる関係性をつくること。
制度ができたことで、それが見えにくくなるのでは困る」
と危ぶむ。
------------------------------------------------------

取材記者さんも、最初は、どうして制度に入らないのかと疑問に
思っていたようでしたが、話をしてゆくうちに
「そうでしたか、おもしろいです・・」とわかってくれたようでした。

本当は1時間くらい話したんだけど、そのうちのほんわずかでしたが
比較的いいところを切り取ってれたかな。

今度は、もう少し大きな特集くんでね

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産科医療補償制度スタート    
               中日新聞・東京新聞 2009年1月30日

 出産時の医療事故により重度の脳性まひになった子どもに補償金を支払う「産科医療補償制度」が今月から始まった。どんな場合に救済されるのか、仕組みを整理した。 (鈴木久美子)

 杉山産婦人科医院(東京都世田谷区)では、来院する妊婦にパンフレットを渡して、この制度と、妊婦の一時的な費用負担を説明している。妊婦には、分娩(ぶんべん)費に加えて掛け金分三万円を窓口で払ってもらう。制度開始に合わせて、健康保険組合から分娩した母親に支払われる出産育児一時金も三万円増額されたので、出産後に負担は解消される。

 「『ほとんどの医療機関が加入している国民的制度』と説明すると、納得してもらえる」
と杉山力一院長は話す。

 仕組みはこうだ。制度に加入する医療機関は、分娩一回あたり三万円の掛け金を、同制度を運営する厚生労働省の外郭団体「日本医療機能評価機構」を通じて民間の保険会社に支払う。重い脳性まひの子どもが生まれた場合、生後六カ月以降に家族が小児科医の診断書などをそろえて分娩した医療機関に申請する。

 同機構が設置する専門家による「審査委員会」が補償基準に合致すると認定すれば、医療機関の過失の有無にかかわらず子どもに一時金六百万円と、介護費用を毎年百二十万円ずつ二十年間、計三千万円が支払われる。専門家による「原因分析委員会」が事例を検証し、子どもや家族、医療機関に結果を伝える。

 対象は、妊娠三十三週以降に二〇〇〇グラム以上で生まれた子どもで、年間五百-八百人が見込まれる。染色体異常など先天的な理由があったり出生後に感染症にかかるなどした場合は除く。未熟児も脳性まひになるリスクが高いとされ対象外だが、妊娠二十八週以降の出生は個別審査される場合もある。生後六カ月未満で死亡した場合も対象外だ。

 既に分娩を扱う医療機関の九割以上が加入した。「家族の経済的負担を減らし、事故原因の分析を行い、再発防止につなげ、紛争を防止するのが目的だ」。同機構の後信(うしろしん)技監は説明する。

 課題はある。「救済というならば、先天性や中軽度も含めすべての脳性まひを対象にするべきだ」と市民団体「陣痛促進剤による被害を考える会」の出元明美代表が指摘するように、補償対象の拡充が求められている。

 訴訟を減らすという目的についても「補償を受けても訴訟を起こすことはできる」と出元さんは言う。「真に再発防止になるよう原因分析委員会が徹底的な検証をしなければ、納得できずに次の段階(訴訟)に進む家族は出てくる」と同委員会の働きに注目する。

 さらに民間保険活用にも疑問の声がある。徴収した掛け金が余ることも予想されるが「収支について透明性がなく、納得しきれない」と、加入していない東峯婦人クリニック(江東区)の竹内正人医師は言う。産科訴訟について「肝心なのは、医師と妊婦が心を通わせる関係性をつくること。制度ができたことで、それが見えにくくなるのでは困る」と危ぶむ

 「制度は遅くとも五年後に見直す。さまざまな批判にさらされ、議論が必要だ」と後技監は話す。

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324. 伝えてくれてありがとうです

saosaoさんはじめまして
お返事おくれてごめんなさい
いただいたコメントはすぐに読ませていただいているけど
もう2か月ですもんね

私は、2005年1月に40週5日で男の子を子宮内胎児死亡、
2006年1月に30週4日で女の子を子宮内胎児死亡で死産し、
今年4月に元気な男の子を出産しました。

そうでしたか・・・
よかった

妊娠期間の後半は管理入院をして過ごしましたが、
そのとき私は先生が監修なさった「妊娠と出産の本」を持って行きました。

私が、竹内正人先生を知った、初めての本です。

管理入院中は毎日何人もの先生が訪れてくれるのですが、
この本がベッドテーブルにあると、何人もの先生に、
竹内先生のこと、この本についてのことでワイワイとお話をしていました。

それは、それは・・・ 
何を話してくれていたんでしょう (^-^;

時々、イライラしたり、きゅうーーーっと
言いようのない気持ちになることもありますが、
今日、サイトの「子宮的に生きよう」を読んで、
柔らかに受け入れられるママ、
日溜まりみたいにあったかいママになれるようになりたいなって思いました。

嬉しいな・・・

直接ではないけれど今までにたくさん先生に救って頂いたという人間が
私を含めたくさんいるということをお伝えしたくてコメントさせていただきました。

なんか元気がでてきます
こうして伝えてくれてありがとうです

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323. 明けましておめでとうございます

明けましておめでとうございます

昨年は、どんな年だったのかな・・
そして、今年は・・・

新年2日から4日(昨日)まで
昨年に引き続き、院内助産システムで運営されている
岩手県の県立釜石病院で日直・当直をして過ごしました

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釜石市のある、岩手県の南部沿岸地域
(釜石市、大船渡市、遠野市、陸前高田市、住田町、大槌町)は
出産数こそ、年間1000くらいですが
大阪府の1.2倍もの面積がある広い地域です。
でも、出産のできる施設は、県立大船渡病院と
釜石病院の2か所だけしかありません

2007年4月に、その1つの大船渡病院の医師2名が突然の辞職をし
この広い地域に産婦人科医が4名だけとなってしまいました

岩手県では著しく産婦人科医不足が進行しているため
医師の補充は期待できず
大船渡の産婦人科がたちゆかなくなったとき

地域でとれる選択は
釜石病院の医師2名を、大船渡に移すことしかありませんでした
大船渡病院は小児科医、NICUのある地域周産期センター
病院が1つとなれば地域としてはセンターを残す以外に
とる道はなかったからです

「まさか自分たちの病院が・・・」

自分たちの病院、自分たちの町に
お産ができる施設がなくなってしまう・・・
集約化が発表されたとき
釜石病院のスタッフ、助産師たちのなかには
無念の涙を流したものもいたそうです

そこまでの危機感がなかったと言われれば
そうなのかもしれません

救いであったのは、以前から、
当時の副院長で、私の友人でもある産婦人科医 小笠原敏浩医師を中心として
院内助産の検討がなされていたことでした
ただそれまでは、新たな体制への戸惑い、何かあったときの責任への不安
などの理由から院内助産を推進してゆく気運は
なかなか盛り上がってこなかったそうです

集約化の事態に直面し
釜石病院が生き延びる道は、院内助産システムしかありませんでした

こうして、2007年9月には正式にシステムは立ち上がりました
1年をすぎて、現在月に20~30の出産を取り扱っています

新聞にはよく
「正常分娩は助産師で」
「もっと助産師を活用を!」
「院内助産院・助産師外来を!」などと書かれていますよね

確かに正論だし
助産師が妊娠・出産を見てゆくことで、
安全性に劣るなんで根拠はどこにもないのに
実際はそう簡単なことではありません

・ お産を見てゆく方向が医師と助産師、そして看護師では違うから
・ 助産師が、自立して妊娠、出産、産褥を見てゆくように育成されてこなかったから
ほか、いくつかの構造的な理由もあるのですが

安全性は実質世界一といってもいい日本なのに
重箱の隅をつつくような、女性の不安をあおる報道で
医療(者)を叩き続けるメディアやマスコミ

もう50年以上も、病院で医師のもとでの出産が当たり前に行われている日本

決して医療(者)を信頼しているわけではないけでと
そうといって、自分の体の方がもっと信用できない
そうして、産む女性と、家族には、
結局は「医師がいなくて大丈夫なの?」の意識が強くなってしまった、
医療(者)への依存度が極めて高くなってしまったのもその大きな理由です

院内助産院とは、実は、未だに絵に描いた餅で
これだけ話題になってはいるのに
まったくをもって発展途上で、
院内助産を謳っている施設のほとんどが形式だけにすぎません

私も、全国を歩いていますが
うまく機能しているところなど、ほとんどないのです

それでも、やらなくてはいけないという状況に陥ったとき
気持ちさえあれば、覚悟さえ決めれば、なんとかなるんだということを
釜石が示してくれたことはすごく大きいことだし、
全国に希望を与えてくれたと、私は思います

3日間、スタッフといろいろな話ができました
帰京の日、4日には、2つのお産もありました

少しはお役に立てたかな?
2年続けて来させてもらったおかげで
ちょっとは仲間にも入れてもらえたかなみたいな・・

そんなほんわか気分で家路につきました

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

本来は、何事も、たちゆかなくなる前に、
状況をかんがみて、改善していかなくてはならないはずです
でも、歴史を振り返ってみても、今を見渡してみても
私もふくめて、この国の人は、
どうやらそれが、すごく苦手みたい

足もとまで水が流れてこなければ、洪水がくることに
なかなか気づけないし、動けない、動かない人たちなんです

でも、もう水って、膝上くらいまで、来てるんじゃない・・・

今年も、全体を俯瞰しながらも
自分の足元を深く掘り下げ、自分の軸をしっかりとつくりながら
ブレずに動いてゆければな・・・

思いを、次の世代に、そして、またその次の世代・・・へとつなげてゆければ・・

本年もよろしくです

                        1月5日 竹内 正人

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